2020年に向けて、プロレス界を盛り上げていくために

 この記事が掲載されるのは2020年の新年号だが、発売されるのは年末で、実質的には2019年にとって最後の号となる。ついこの前、新年の挨拶をしたと思ったのに、光陰矢の如しとはこのことだ。
 2019年も色々なことがあったが、スポーツ界では女子プロゴルファーの渋野日向子が全英女子オープンで優勝したり、バスケットボールでは八村塁がNBA入りしたことなどが注目された。そして何よりも、日本で開催されたラグビー・ワールドカップが日本中を熱狂の渦に巻き込んだのである。

 これらの出来事で共通しているのは、いずれも日本人が世界の舞台で活躍したことだ。先日、ある番組で『平成を代表する日本のスポーツ選手20人』のアンケートを取ったところ、20人全員が世界を相手に戦っている選手たちだった。たとえば野球界で言えば、選ばれたのはメジャー・リーガーばかりで、巨人一筋の阿部慎之助や坂本勇人などは20位に入ってなかったのである。
 一昔前では考えられないことで、『日本を代表するスポーツ選手』という企画で巨人の選手が選ばれないなんて有り得なかった。松井秀喜は選ばれたが、巨人の選手というよりはメジャー・リーガーとしてであろう。『巨人・大鵬・卵焼き』も遠くなりにけりである。ちなみに、相撲取りも誰一人として選ばれなかった。

 当然、と言わなければならないところが寂しいが、プロレスラーも20人の中に入っていない。かつて、力道山がルー・テーズを破ってインターナショナル・ヘビー級チャンピオンになったときは、その年のスポーツ10大ニュースにランキングされたが、もはや夢物語のようだ。昔はプロレスでも、NWAやAWA、WWFのチャンピンが来日してタイトル・マッチを行ったものだが、今ではそういうこともなくなった。

 とはいえ、世界を相手に戦えば必ず注目されるのかと言えば、そういうわけでもない。ラグビーW杯が閉幕し、その興奮も冷めやらぬ11月の終わりから12月中旬まで、別のスポーツでも日本で世界大会が行われていたことをご存じだろうか。おそらくほとんどの読者は知らないだろう。
 プロレスの再メジャー化のために、そのあたりを検証すればヒントがあるかも知れない。


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満員に見せかけるためにメイン・スタンドを閉鎖!?

 日本で開催されていた世界大会というのは、女子ハンドボール世界選手権で、2019年11月30日~12月15日まで熊本県で行われていた。ハンドボール世界選手権は2年に1度行われ、女子の日本開催は今回が初である。男子の世界選手権は2019年1月、デンマークとドイツで開催され、日本代表も出場していたが、こちらも日本ではほとんど話題にならなかった。
 男子は遠く離れたヨーロッパでのことであり、日本代表は24ヵ国中最下位だったこともあって報道されなくても仕方ないように思えるが、女子の方は自国開催、しかも日本代表は24ヵ国中10位という健闘を見せている。にもかかわらず、日本での報道は驚くほど少なかったのだ。

 その理由として、ハンドボールはマイナー競技である、という点が挙げられる。しかし、ヨーロッパでのハンドボールは、団体球技としてはサッカーに次ぐ人気を誇っているのだ。つまり、見て面白い競技には違いなく、今回初めてハンドボールを見た日本人でも「こんなに面白いスポーツだとは思わなかった」という声も上がっていた。しかし、そもそもハンドボールの世界選手権を日本で開催していたことすら知らない日本人が大多数なのだから、その声も多くはならない。
 なぜ、ハンドボールはマイナー競技なのか。ハンドボールというスポーツが知られていないから? いやいや、多くの高校ではハンドボール部はあるし、日本でも競技人口はラグビーよりも多いぐらいだ。ルールだってラグビーよりも遥かに判りやすい。

 今回の世界選手権が認識されなかった原因には、熊本という首都圏から遠く離れた地方での開催ということもあるだろう。しかし、地方開催だからこそ、地域おこしとして地元では盛んにPRしていた。熊本のテレビ局は日本戦を地上波生中継していたし、地元の新聞も一面トップで大々的に報じていたのである。これが東京開催なら、他のスポーツ・イベントにかき消されて、まるで話題にならなかったに違いない。

 ではなぜ、女子ハンドボール世界選手権が注目されなかったのかと言えば、マネジメントの拙さに尽きる。ラグビーW杯の日本開催が決まったのは2009年、それからの10年間はW杯を成功させようと、ラグビー協会は危機感を持って草の根活動をしていた。何しろ世界三大スポーツ大会の一つだ。そんなビッグ・イベントを自国開催で失敗させると、日本ラグビーはもうおしまいである。ローマは一日にして成らず、今回のW杯大成功は決して一朝一夕の結果ではないのだ。
 女子ハンドボール世界選手権の日本開催が決まったのは2013年。それから6年間、ハンドボール協会は何をしてきたのか。もちろん、宣伝活動はしていただろう。しかし、世界的に注目されているはずのこの大会は、日本では熊本以外でほとんど話題にならなかった。

 地上波の全国中継は録画を含めて一切なし。BSのJ SPORTSが本来は有料であるところを無料放送していたのは協会の努力の結果だろうが、それとて衛星アンテナでしか受信できず、ラテ欄での扱いも小さい。Jスポで無料放送していたことなど、ほとんどの人が知らなかったのではないか。
 スポーツ・ニュースでたまに結果が報道されるだけで、テレビ局によってはスルー。新聞の全国紙では完全なベタ記事ばかりだった。熊本以外の人が目に触れる機会はまずなかったのである。

 観客は大会を通じて31万人超を集め『予想以上の大成功』という協会の見解だったが、1試合平均では約3千2百人。しかも、多くの試合では動員をかけ、地元の子供をはじめ無料招待客が含まれていた。
 熊本へ視察に行ったスポーツ・ビジネス関係者によると、ある試合ではメイン・スタンドを閉鎖し、バック・スタンドにのみ観客を入れていたという。TVカメラはメイン側に設置しているので、テレビに映し出されるのはバック側。つまり、客が半分しか埋まってなくても満員に見える。だが、最も試合を観やすいメイン・スタンドを閉鎖するとは、ファン無視もいいところだ。

 これ、何かに似ていないか。そう、プロレス興行だ。最近では少なくなったとはいえ、プロレスでも無料招待券をバラ撒き、満員になるように客をかき集めていた。
 満員の場合は、テレビ映えをよくするために照明をスタンドの奥まで見えるよう明るくするが、客が少ないと照明を暗くしてスタンドがTVカメラに映らないようにしていたのである。

 もちろん、こういうことも必要だ。いわば宣伝戦略の一環と言えなくもない。わざわざ悪い部分を見せる必要はないからだ。しかし、悪い点を見せないのは外向けだけにして、内部では事実を直視しないと反省の機会が失われてしまうだろう。
 無料客を集めるのは、そのスポーツに触れてもらうのには良い方法なのだが、重大な副作用が伴う。つまり、無料観戦に慣れてしまって、金を払ってまで観に行こうとは思わなくなるのだ。
 客が入っていないのに満員に見せかけたり、観客数の水増し発表をしたりしていると、集客努力を怠ってしまいかねない。実際にそうして、プロレス界は何度も冬の時代に見舞われた。

プロレス界はハンドボールを他山の石とすべし

 プロレス中継が地上波のゴールデン・タイムから撤退して久しい。しかし、BS朝日では新日本プロレスの2020年1月4日、5日の東京ドーム大会を4K生中継する。4日は午後5時~8時54分、5日は午後3時~8時54分という長時間の生放送となるわけだ。
 地上波ではないとはいえ、BS朝日は無料放送。しかも当日深夜には、地上波のテレビ朝日でも録画放送するという。今回は、多くの人にプロレスを見てもらうビッグ・チャンスである。

 逆に言えば、このチャンスを活かすことができなければ大ピンチにも陥るということだ。ハンドボールだって、自国開催というまたとないチャンスを活かせなかった。いくら協会が大成功と言おうが、多くの人が世界選手権を日本で開催していたことなど知らなかったのである。
 実は1997年にも、男子ハンドボール世界選手権が日本で、このときも熊本で開催された。なぜ熊本なのかと言えば、それだけハンドボールが盛んな県だからなのだが、当時も協会は『大成功』と胸を張っていた。
 しかし、実際にはその後の日本にハンドボールは浸透していない。2007年の『中東の笛』問題のときには一時的にハンドボールが注目されたものの(※)、その頃には宮﨑大輔というスター選手がいたにもかかわらず、ハンドボール人気には繋がらなかった。
 2020年の東京オリンピックで、男女いずれかが銅メダルでも取ればハンドボールも注目されるだろうが、実力的に見てかなり厳しい。それ以前に、ヨーロッパでは人気スポーツで日本でも競技人口は多いのに、ハンドボールを浸透させられない協会の責任は重いだろう。

 プロレスでも、新年の時期に無料放送で東京ドーム大会を見せられることができるのは朗報であるし、是が非でもこのチャンスを活かしたい。いきなり地上波ゴールデンは無理としても、無料BSで午後8時もしくは9時台の1時間定期放送を目指したいところだ。そして地上波でも、もっと時間を繰り上げての1時間番組を目標とする。そうすれば、少しでも一般の人がプロレスを目にする機会も増えるだろう。
 これらは決して簡単なことではないが、今のプロレス界はこうして地道にファンを増やしていくしかない。

 冬の時代に新日本プロレスの経営者となった木谷高明オーナーは『プロレス・ブーム到来』『若い女性に大人気の新日本プロレス』というイメージ戦略で成功した。これは前述したハンドボール協会の『大成功』にも通じるものがあり、実際に新日の人気は上昇したのだが、悪い言い方をすれば『ハッタリ戦略』で、V字回復したと言っても現実にはプロレスはまだまだ一般的には浸透しているとは言い難い。
 ハンドボールとプロレスが違うところは、新日本プロレスでは継続的に宣伝活動をしていることだ。また、プロレスには潜在的なファンが多いことも好材料である。
 とはいえ、これらは新日本プロレスでの話。1980年代の黄金時代とは比べるべくもない新日本プロレスに、独走を許しているプロレス業界全体にも問題がある。特に2020年はオリンピック・イヤーだけに、五輪に話題を奪われることが予想されるので、今まで以上に経営努力を重ねることが必要だろう。

▼新日本プロレスのハロルド・ジョージ・メイ社長

※中東の笛……2007年に愛知県で行われた北京オリンピックのハンドボール・アジア予選で、アラブ系の審判が日本や韓国と戦ったクウェートに有利な判定をしたという問題。アジア・ハンドボール連盟がクウェートの王族に支配されていたため、このようケースが頻発した。当時の日本では、ワイドショーがこの問題を通じてハンドボールを大きく取り上げたのである。


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