プロレスラーの引け際について。『50歳定年制』は必要か?

 ご存じの通り今年の6月26日、長州力が“2度目の”引退をした。引退年齢は67歳。最初の引退は1998年1月4日、46歳のときだった。ちなみに、この年にはアントニオ猪木が55歳で引退している。なお、2人と関係の深い藤波辰爾は、65歳で未だ現役だ。
 既に本誌でもお伝えした通り、獣神サンダー・ライガーは先日、メキシコでの引退試合を行い、来年1月5日の東京ドーム大会で完全に引退する予定である。ライガーの出身地は永井豪宅、生年月日は1989年4月24日だから、30歳といういささか早い引退となるわけだ。ただし、一説によるとライガーの本当の生年月日は1964年11月30日らしいから、それが正しいとすれば引退年齢は54歳となる(何が『一説によると』や)。

 ところで、新日本プロレスでは『50歳定年制』を推進しているという。この制度がもっと早く実現していたら、上記の4人はとっくに引退しているはずだった。もっとも長州と藤波は、既に新日を退団していたが。
 それでは、プロレスラーの引退適齢期は何歳ぐらいなのだろうか。


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かつての全日本女子プロレスにあった『25歳定年制』

 プロレスラーの定年と言って真っ先に思い出すのが、かつて存在した全日本女子プロレスの『25歳定年制』だろう。25歳で定年というのも、今から考えると早過ぎる気もするが、女子プロレスならではの事情もあった。
 女子プロレスは男子プロレスと違って、アイドル的人気も必要だ。そうすると、どうしても若い娘に人気が集中する。かつては『女性はクリスマス・ケーキと同じ』と言われていた。『“25”を過ぎれば価値が暴落する』という意味で、現在だったら大問題となるような例えだ。

 全女には『禁酒・禁煙・禁男』という鉄の掟があった。それを女子レスラーたちが本当に守っていたかどうかはともかく、そんな生活を26歳過ぎてもやっていけるものではない。レスラーを続ける限り、結婚もできないのだ。
 そのため、25歳定年制というのは『25歳まではレスラーとして頑張って、あとは結婚して幸せになりなさい』という制度である。これも、かなり昔の考え方だが。

 しかし1980年前後は、女子プロレス団体と言えば全女しかなかったのだから、この制度が通用した。ところが、女子プロレスも他団体時代を迎え、全女の論理が通用しなくなる。
 また男子プロレス同様、女子プロレスも単なるアイドル的人気だけではなく、格闘色の強いプロレスを目指す選手が現れてきた。そうなると、定年なんか関係ない。

 1993年、ブル中野が25歳を過ぎても現役続行することを全女が認めたことにより、『25歳定年制』は事実上崩壊した。また仮に、25歳で全女を辞めさせても、他団体にスター選手を奪われることになるから、もはや定年制度を続けていると全女は自分の首を絞めることになる。
 しかし、25歳定年が消滅したことにより、新陳代謝が低下してしまい、全女は崩壊への道を歩んだ。

▼ブル中野によって全日本女子プロレスの『25歳定年制』は崩壊した

力道山の構想にあった『40歳定年制』

 男子プロレスとなると、女子プロレスとは事情が違う。男子プロレスで『25歳定年制』などを実行すると、一人前になる前にみんな引退してしまう。
 25歳は無理としても、男子プロレスでも『40歳定年制』を実行しようとしていた人物がいた。『日本のプロレスの父』こと力道山である。
 力道山には『40歳定年制』の構想があったという。『プロレスラーがいくら頑丈と言っても、40歳にもなると体力、気力が衰えてくる。客の鑑賞に堪えられない試合になるので、日本のレスラーは40歳を定年としたい』というわけだ。新日の『50歳定年』に比べると、10年も早い。
 当時は他スポーツの一流選手でも、プロ野球では35歳前後、ボクシングや力士では30歳前後で引退というケースが多かった。現在では、どのスポーツでも10歳ぐらいは選手寿命が伸びているから、新日の『50歳定年制』も理に適っている。

 結局、力道山本人が39歳で死亡したために、40歳定年を“実行”できなかったわけだが、その後は『40歳定年制』が議論されることもなかった。ジャイアント馬場は61歳で亡くなるまで引退しなかったし、アントニオ猪木が引退したのは前述の通り55歳だ。
 もし、力道山が殺されずに『40歳定年制』が実施されていたら、今頃のプロレス界はどうなっていただろう。

 ただし、力道山が定年により引退しても、現役復帰の未練が残っていたのでは? という疑問も残る。プロレスラーという人種は、引退しても五体満足である限り復帰したがる傾向が強い。
 大仁田厚は何度も引退しては復帰しているし、前述の長州力も一度は復帰した。一本気な山本小鉄でさえ、新日がジャパンプロレス勢やUWF勢の大量離脱でレスラーが少なくなると、本気で現役復帰を目指していたという。
 馬場がインターナショナル王者になり、事実上の日本プロレスのエースとなったのは1965年。力道山が生きていれば41歳の頃で、“予定通り”引退していたとすると、世代交代は上手くいっていたことになる。
 ただ、力道山が馬場のファイトを見て「まだまだエースとしては物足りん。やっぱりワシが出ていくしかない」などと言い出して、現役復帰しかねない。たとえ後継を任せた選手だったとしても、プロレスラーというのは嫉妬心を抱くものだ。

 しかし、晩年の力道山はプロレスができないほど、体がボロボロになっていたとも言われる。大量の飲酒と、鎮痛剤や睡眠薬の常用で、内臓は既に破壊されていたというのだ。
 そうなると、引退して自らは日本プロレスの経営を続ける傍ら、事業を広げる方向に走っていたかも知れない。体が動かないうえに、力道山のプロレスは単調だったから、迫力がなくなれば客から見放されるのは予測できたはずだ。
 力道山自身が建てたリキ・スポーツパレスの経営もあったし、亡くなった年の1963年にはゴルフ場の建設も始めていた。力道山は引退後、実業家への道を歩むつもりで、これら施設の経営はプロレスラーのセカンド・キャリアを見据えてのことだったのだろう。
 もっとも、力道山の突然の死によってこれらが負の遺産となり、プロレス界は多額の負債を抱えたため、分裂のキッカケとなったのは皮肉だったが……。

▼力道山が生きていれば『40歳定年制』は実現していたか!?

プロレスラーの定年は是か非か

 プロ野球経験者の馬場は「野球とか普通のスポーツでは『ヘトヘトになるまで練習した』というのが猛練習の認識。しかしプロレスの練習は、ヘトヘトになってから始まる」と言っていた。つまり、プロレスはそれだけ激しいスポーツだというわけである。
 ところが、40歳や50歳になっても、まだ現役でいると、その『激しいスポーツ』であるというのも説得力がない。『若い頃に、それだけの猛練習に耐えてきたから、40歳以上でも現役でいられるんだ』という見方もあるが、その論理にはやはり無理があるだろう。

 具志堅用高などは、世界タイトル・マッチでプロ初の1敗を喫しただけで引退してしまった。年齢はなんと弱冠26歳のときである。今でこそ具志堅はバラエティー番組でおバカ・キャラを演じているが、本当はとてつもなく凄いボクサーだったのだ。
 引退の理由は『体がボロボロになったから』。年に3,4試合しかしないボクサーが、26歳の若さで引退しなければならないほど、激しい試合をしていたのである。プロレスラーで26歳と言えば、まだまだ伸び盛りだ。
 現在では寿命が延びたとはいえ、50歳以上になってもリングに上がり続けていたのでは『プロレスなんてロートルでも試合ができるのか』とファンに思われてしまう。そう考えると、新日の『50歳定年制』というのも頷ける。

 その反面、プロ・スポーツ選手に定年が必要あるのか? という意見もあるだろう。プロレスラーはサラリーマンではないのだ。何歳になろうが、引退するのも現役を続行するのも、本人の自由のはずである。ただ、本人が現役を続けたいと思っても、リングに上げてくれる団体がなければ引退せざるを得ない。それがプロの世界である。
 たとえば『キング・カズ』こと三浦知良は、52歳にして未だに現役だ。今年もJ2ながら、公式戦出場を果たしている。
 同じサッカー界でも、中田英寿などは29歳の若さでスパッと引退した。その後、慈善試合などには出場するも、第一線として復帰するつもりは全く見えない。カズとヒデ、サッカー選手としては対照的な生き様だが、それぞれ尊敬を集めている。

 そう考えると、プロレスラーに定年があるのはおかしい。そもそもプロレス界には、何歳になっても現役に固執する『カズ』タイプは多いが、まだまだ現役続行可能なのに潔く辞める『ヒデ』タイプはほとんどいないのが現状だ。若くして引退するレスラーは、大抵はクビになった選手である。現役に拘るのも、カズのように『純粋にサッカーをしたい』というよりは、食っていく道がプロレスしかないから、という感じのレスラーが多いと思えるのは考え過ぎか。

 仮に新日を定年の50歳で辞めたところで、他団体では現役を続けることができる。他団体でも要らないと言われても、自分で団体を興すことも可能だ。カズが横浜FCをお払い箱になったら、カズ自身がJリーグのチームを作るなんて不可能だろう。
 もちろん、現在のプロレス団体で定年制を採用できるのは、新日本プロレスだけだ。他団体が定年制を導入すると、たちまちレスラー不足に陥ってしまう。
 その新日だって、今ではレスラーが豊富だから定年制も可能だが、過去に何度も経験した冬の時代に突入すると、もう定年制などと言っていられなくなる。前述したとおり山本小鉄は、隆盛を誇っていた新日が選手大量離脱によりレスラーが足りなくなったとき、現役復帰しようとした。
 つまり『50歳定年制』を導入しても、団体の都合により絵に描いた餅になりかねない。

▼『40歳定年制』を提唱した力道山、その次男の百田光雄は70歳にして未だ現役

プロレスラーの引退、手本はプロゴルフ界にある?

 プロレス界に事情がよく似たプロ・スポーツがある。プロゴルフだ。プロゴルファーには引退がない、と言われるように、引退する選手する選手が少ないのもプロレスラーと似ている。引退するのは、ゴルフではメシを食えない選手がほとんどだ。死ぬまで現役のプロゴルファーというのも珍しくない。御年76歳の青木功だって、未だに肩書きは『プロゴルファー』だ。
 ゴルフは他のスポーツに比べて体力をあまり消耗しないからだが、だからといって若い選手の方が有利なのには間違いない。しかしプロゴルフには、シニア・ツアーがあるのだ。
 プロゴルフのシニア・ツアーの参加資格は50歳以上。もちろん優勝賞金もあるし、往年の名ゴルファーが登場するのだからファンも多い。

 このシステムをプロレスで採り入れてもいいかも知れない。長州力の引退試合が満員になったように、レジェンド・レスラーの試合を見たいファンが多くいるのは事実なのだ。ヘタに定年制を導入すると、これらレジェンドの試合を見られなくなる。
 50歳で引退したくないレスラーは、シニア公式戦を組んで、そこで試合をするというわけだ。そうすれば、プロ・スポーツなのに『定年』を持ち込まずに済むし、バリバリのレスラー同士の試合ばかりにすれば、若い選手はベテランに気を遣うことなく、思い切り試合ができる。若い選手と50歳以上のベテランが混在した試合では、若い選手がベテラン選手に負担がかからないようなファイトをしてしまい、シラケたムードになりかねない。

 とはいえ、それでも問題は解決しないだろう。プロレス界にはゴルフ界のPGAのような統一組織がないからだ。いくら50歳以上のレスラーはシニア公式戦のみにしようとしても、ベテランレスラーを招聘して客を集めたい団体が、50歳以上のレスラーをいつまでも若手選手に当てることになる。

▼HEAT-UPで若手レスラー相手にタッグ・タイトル戦を行う、65歳の藤波辰爾

 願わくば、力道山が殺されずにいて、定年ではなく自分の意志で引退して欲しかったものだ。そしてプロレスラーのセカンド・キャリア体制を万全に作っておけば、いつまでもプロレスに固執しなくて済む。今のレスラーがなかなか引退したがらないのは、生活の不安があるからだろう。

 結局は、この問題に答えはない、というところか。個人的な意見を言えば、プロなのだから、定年などの制度で引退を縛るべきではない、と思う。今では選手寿命が延びているので、50歳以上でもバリバリに動ける、カズのようなレスラーがいないとも限らない。定年制度は、そんなレスラーの魅力を殺すことになる。ただ、シニアのような試合は別として、プロとしての試合をできないと感じたら、引退してもらいたいものだ。
 その判断は、レスラー自身の手に委ねられている。そしてプロレス界は、定年制度よりもセカンド・キャリアの整備が急務であろう。


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