出でよ! 井上尚弥を凌ぐプロレス・格闘技界のスーパースター

 最近、スポーツ界に現れたニュースターといえば、バスケットボールではNBAのワシントン・ウィザーズにドラフト1巡目指名(NBA全体では9位指名)された八村塁だろう。田臥勇太が登場する以前、日本人には絶対手が届かないと言われたNBAでドラフト1巡目指名を受けるという、かつての日本バスケット関係者からすれば夢のような話だ。
 そしてボクシング界では、なんと言っても“モンスター”こと井上尚弥である。WBA・IBF世界バンタム級王者で、3階級制覇も果たした。その実績だけではなく、圧倒的な強さを発揮する試合ぶりも、大いに注目を集めている。

 それでは、プロレス界や格闘技界ではどうだろうか。井上クラスのスーパースターいるのか、あるいは今後現れるのか、検証してみる。


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▼[ファイトクラブ]中邑真輔と王座戦セス・ロリンズさすがTop証明!WWE両国満杯総括

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プロレス界にスーパースターが生まれにくくなった時代

 現地時間7月6日(土)、アメリカ合衆国のテキサス州ダラスで新日本プロレスのG1クライマックス開幕戦が行われ、オカダ・カズチカが前回優勝の棚橋弘至をレインメーカーで屠り、白星発進となった。アメリカン・エアラインズ・センターに集まった4,846人(主催者発表)のアメリカ人ファンを大いに沸かせたのである。
 しかし、肝心の日本ではさほど盛り上がっていない。もちろんプロレス・ファンは、G1初の米国開催ということで注目しているが、一般的にはほとんど知られていないのが現状だろう。

 オカダや棚橋は、現在のプロレス界では最も知名度がある存在。オカダは本誌で何度も取り上げているようにバラエティー番組にはよく出演するし、棚橋は映画『パパはわるものチャンピオン』で主演した。
 しかし、この両者の一般的な知名度は、どれぐらいあるだろう。いくらプ女子が増えたと言っても、プロレスに全く興味がない女性は多いだろうし、せいぜい『名前だけは聞いたことがある』程度かも知れない。何しろ最近の若い世代では『プロレス』という単語すら知らない人が増えているというのだ。
 WWEの中邑真輔も、せっかく日清『どん兵衛』のCMに出演したのに、画面ではクレジットされていない。一般人にはプロレスラーとはわからず『ヘンな動きをする人』にしか見えないだろう。

▼中邑真輔が出演する日清『どん兵衛』のCM

 かつて、プロレス界はスーパースターの宝庫だった。力道山に始まり、ジャイアント馬場やアントニオ猪木は、プロレスに興味がない人でも知っていた。それどころか、アブドーラ・ザ・ブッチャーやスタン・ハンセンという外国人レスラーの名前まで、ほとんどの日本人は知っていたのである。

 もちろん、それにはテレビの力が大きかった。毎週ゴールデン・タイムに登場するプロレスラーは、間違いなく人々の脳裏に焼き付いていたのだ。現在、地上波中継は深夜に追いやられているプロレス界にとって、レスラーが一般人にも知られるようになるのは難しい状況である。

▼オカダ・カズチカはどこまで茶の間に浸透するか?

『一夜にしてシンデレラ』に代わる、スター誕生方法

 現在は『一夜にしてシンデレラ』が生まれにくい時代だ。いや、昔のプロレスラーだって『一夜にしてシンデレラ』と言えば力道山か、衝撃デビューを果たした初代タイガーマスク(佐山聡)ぐらいだろう。これらは、テレビの力があったからこそ可能だったのだ。
 とはいえ、こういうのはいくらテレビがあっても仕掛けは難しい。あまりにあざとい方法だと、視聴者に見抜かれ、却ってシラケてしまうからだ。
 かつて国際プロレス(当時の名称はTBSプロレス)がグレート草津をエースとして売り出そうとしたとき、定期放送が決まっていたTBSが「我が大TBSの力をもってすれば、『一夜でシンデレラ』どころか秒単位でスーパースターを作ってみせる」と豪語したとされるが、結果はご存知の通り、草津がルー・テーズのバックドロップで失神KOという結末になってしまった。

 しかし、スターが誕生するチャンスがないわけではない。マスコミが発達する前からあった原始的な伝達方法『口コミ』というのがある。これが意外とバカにできない。
 たとえば映画『カメラを止めるな!』である。予算が300万円という超安値のインディーズ映画ながら、口コミによって評判があっという間に広がり、賞を総なめにするなど一躍話題作となった。もちろん、現在では純粋な口コミだけではなくSNSの効果もあったのだが、ほとんど宣伝されなかったのに2018年では最も有名な映画となったのである。

 プロレス界で似たような動きがあったのは、ちょうど昭和から平成に元号が切り替わる頃だ。その1つが第二次UWFである。
 1988年、前田日明を中心にして発足した第二次UWFは、当時のプロレス団体はテレビ中継がなければ生き残れない、という従来の常識を打ち破り、大ブームとなった。UWFはテレビ中継がないことを逆手に取り、大都市の大会場でしか興行を行わないことでファンに飢餓感を与え、さらに月に1度しか試合をしないことによって『真剣勝負』の信憑性を高めたのである。
 ファイト・スタイルも従来のプロレスとは一線を画し『新日本プロレスや全日本プロレスとは全く違う』というイメージを植え付けた。コンサートのようにチケットぴあによるチケットの販売方法から、レーザー光線やスモークによる演出など、プロレスのことを知らなくても若者はデート感覚で会場に行くことができるようになったのである。
 また、ビデオデッキが家庭に普及した背景もあって、ビデオテープ販売も人気拡張および大きな収入源となった。テレビで放送しない分、販売ビデオは貴重な映像となったのである。何しろテレビで放送してくれないのだから、試合を家で録画すらできなかったのだ。

▼第二次UWFのエースとなり、大ブームを巻き起こした前田日明

 もう1つの団体は、1989年の平成元年に設立されたFMWだろう。ケガで引退していた大仁田厚が『5万円の資金で、電話一本引いただけで旗揚げ』というエピソードも、真偽はともかく『カメラを止めるな!』に通ずるものがある。
 FMWはUWFの正反対、デスマッチ路線を貫いた。UWFと共通していたのは、テレビがないことを逆手に取った手法である。
 テレビの定期放送が付いている全日本プロレスや新日本プロレスには絶対にできない試合、即ち電流爆破デスマッチのようなテレビでは流せないシーンを連発した。あまりに凄惨な試合形式が評判を呼び、口コミで広がったのである。この時代の口コミは、インターネットが普及してなかったのだから、現在よりも驚異的と言っていい。

▼凄惨なデスマッチで一世を風靡した大仁田厚

 UWFとFMWに共通しているのは、ファンが今までに見たことがないことをやった、ということである。しかし現在では、手法が出尽くした感があるので、新しいスタイルを見出すのは難しい。
 総合格闘技がなかった時代、ショー的要素を排除したUWFスタイルは新鮮で、ほとんどのファンは『真剣勝負』だと信じていた。FMWの場合も、今までのデスマッチと言えばせいぜい金網デスマッチぐらいで、有刺鉄線だの電流爆破だのといった破廉恥な試合形式は誰も見たことがなかったのである。
 力道山が一気にブレイクしたのも、当時の日本人はプロレスなんて見たことがなかったからだし、初代タイガーマスクもあんなアクロバティックな空中殺法はファンにとって未体験だった。

 今ではUWFスタイルはおろか総合格闘技は当たり前、デスマッチも多くのインディー団体がやるようになり、以前は物珍しかったタイガーマスクのようなファイトも多くの団体がルチャ・リブレを採り入れている。
 今後、注目を集めるためには、世間があっと驚くことをしなければなるまい。

格闘技人気復活のために種を蒔く那須川天心

 格闘技界ではどうか。現在、最も人気と勢いがあるのはキックボクサーの那須川天心だろう。天心本人も、井上尚弥に対してライバル心を燃やしているようだ。また、バラエティー番組などでも天心の露出が増えて来ている。
 では、井上と天心のどちらが、人気があるのだろうか。

 視聴率でいえば、今年の5月19日(日)、21時からフジテレビで放送されたWBSSのバンタム級準決勝、井上尚弥vs. エマヌエル・ロドリゲスは平均視聴率10.3%(関東地区)だった。ちなみに、これは生中継ではなく半日遅れの録画中継で、結果が判っているうえで二桁の数字を取ったわけである。前4週平均の同時間帯でのフジテレビと比較すると、視聴率は4.8%も上昇した。
 一方、そのちょうど2週間後の6月2日(日)、19時からやはりフジテレビで放送された、那須川天心が登場するRIZIN16の平均視聴率は6.9%(関東地区)だった。もちろん生中継で、日曜日の午後7時台という絶好の時間帯だったにもかかわらず、二桁には遠く及ばなかったのである。もっとも、裏番組との兼ね合いがあるので、そう簡単に比較できないのだが。

 かつての格闘技ブームからすれば寂しい数字とはいえ、これは仕方があるまい。むしろ、天心の出現によりここまで挽回したと言えるだろう。
 ただ、世間的にはやはりボクシングの方が認知されているということか。一般紙のスポーツ欄に結果が載るボクシングとは違い、それがないRIZINなどの格闘技にはやはりハンディがある。

 6月22日(土)、AbemaTVでは那須川天心とボクシング元世界3階級制覇の亀田興毅が闘い、話題を集めた。内容は天心が亀田を圧倒したが、これは亀田にブランクがあったから。ただ、ボクシング・ルールで亀田を圧倒したのは評価されなければなるまい。
 しかしゴールデン・タイムで地上波生中継があったRIZIN本番よりも、ネット中継のエキシビジョン・マッチの方が注目されたのは皮肉だったと言える。天心にとっても、格闘技を盛り上げたいために亀田戦を受けた。昨年の大晦日のフロイド・メイウェザーJr.戦もそうだったのだろう。

 今の格闘技界は、那須川天心により種が蒔かれている最中だ。それがいつ大輪の花を咲かせるのかはわからない。

▼格闘技界人気復活のカギを握る那須川天心


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’19年07月11日号WWE両国 AEW 長州回顧 谷津嘉章 W1 Pアグアヨ 安里紗 DEEP ラウェイ