ショーケンが巻き起こした金曜夜8時の大戦争は、プロレス界を揺るがした!

 3月の終わりから4月の新年度にかけて、大きなニュースが立て続けに流れて来る。新元号が『令和』となり、元横綱の双羽黒つまり元プロレスラーの北尾光司が亡くなっていたと発表された。個人的には、梶原一騎が原作の『巨人の星』で星明子(星飛雄馬の姉)の声を演じていた声優の白石冬美が亡くなったのはショックだったが……。
 そして、大物俳優としては、ショーケンこと萩原健一の訃報が最も大きなニュースだっただろう。『大物俳優』と書いたが、元々のショーケンはザ・テンプターズのボーカリストで、ミュージシャンと捉える人も多いかも知れない。だが、それより後の世代である筆者のイメージとしては、ショーケンはやはり俳優だ。昨年にNHKで放送された『不惑のスクラム』というドラマでは、人生を悟りきった老人役として出演し、途中で病死するという設定だったのである。その頃から、実際でもショーケンは病に侵されていたのだろう。

 ショーケンの訃報は既に本誌でお伝えした通りだが、なぜショーケンの死を、わざわざ『週刊ファイト』で取り上げたのか? それは、ショーケンがプロレス界のターニング・ポイントに、深く関わっていたからである。
 ショーケンは、アントニオ猪木の元妻である倍賞美津子と、不倫関係が報じられた。そして、猪木と倍賞美津子は間もなく離婚する。
 そのことは本誌で既に書いたが、ショーケンとプロレス界の関わり合いは、それだけではないのだ。ショーケンと倍賞美津子との関係については、本誌をご覧いただきたい。


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日本プロレスの分裂が生んだ、ショーケンの『太陽にほえろ!』

 まだ全日本プロレスも新日本プロレスも誕生していなかった1970年代初頭、力道山が創設した日本プロレスが我が世を謳歌していた。力道山は既に亡くなっていたとはいえ、ジャイアント馬場、アントニオ猪木という二大スターを抱え、全国どこへ行っても超満員、日本テレビとNETテレビ(現:テレビ朝日)が共にゴールデン・タイムで放送して高視聴率を稼ぐという、今では考えられないほどの好景気だったのである。

 ただ、日本プロレスには一抹の不安があった。元々日本プロレスの中継をしていたのは日テレであって、NETは後出しジャンケンのように日本プロレスの中継に割って入ったため、日テレはNETの中継に大反対だったのである。
 しかし、ジャイアント馬場の試合は日テレの独占中継にする、という妥協案に対し、日テレも渋々了承した。そして、馬場の試合を放送できないNETは、アントニオ猪木をエースとして全面に押し出したのである。

 ところが、アントニオ猪木が日本プロレスの乗っ取りを企てたとして日本プロレスが永久追放した。そして、猪木は後に新日本プロレスを設立することになる。このときに困ったのが、猪木をエースとしていたNET。
 猪木というエースを失ったNETは、日本プロレスにジャイアント馬場の試合を放送させてくれ、と打診。日本プロレスとしても、猪木の新団体をNETが放送するのはたまらないから、日テレの意向を無視して勝手に馬場の試合をNETに売ってしまった。
 激怒した日テレは日本プロレス中継を打ち切り、馬場に独立を勧めて、馬場は全日本プロレスを設立することになる。

 プロレス中継と言えば、力道山の時代から金曜夜8時というのがイメージとして定着していた。金曜夜8時のプロレス中継を行っていたのは日テレ。NETは月曜夜8時にプロレス中継を放送していた。
 ところが、日テレが日本プロレスの中継を辞めたため、NETがちゃっかり金曜夜8時にプロレス中継を始めることになる。後にNETは新日本プロレス中継を始めたが、これが現在まで続く『ワールドプロレスリング』だ。現在では深夜枠になっているが、今でも金曜夜8時というと『ワールドプロレスリング』をイメージする人は多い。

 高視聴率だった日本プロレスの中継を失った日テレだったが、金曜夜8時のNETのプロレス中継への対抗策として放送したのが、刑事ドラマの『太陽にほえろ!』である。
 警視庁の七曲署(新宿にあるらしい)の捜査第一係の係長、即ちボス役を演じていたのが石原裕次郎。そして、第一係の若手刑事だったのがマカロニことショーケンだった。筆者としては、若さ故の失敗を繰り返していたマカロニは、いつもボスに叱られていたイメージがある。

▼『太陽にほえろ!』のオープニング。ボス、警察官なのに歩きタバコをしちゃいけませんよ

 当初はマカロニを主人公とし、マカロニの成長物語を描く予定だったが、ショーケンは降板を申し出た。ショーケンは他の仕事をやりたかったのだ。
 そこで、マカロニを殉職させて、以降は若手刑事が殉職するというのが『太陽にほえろ!』の定番となっていく。マカロニの殉職シーンは憶えていないが、今でも伝説になっているのがマカロニの後釜であるGパン(松田優作)の殉職シーン「なんじゃ、こりゃあ!?」だ。
 この殉職シーンがウケて『太陽にほえろ!』は超人気ドラマになっていく。七曲署の捜査第一係は毎年のように殉職者を出すことになっており、自衛隊よりも遙かに危険な警察署だったのだろうか。しかも、ボスはほとんど毎年、部下の死に直面していても、辞表を出す気はないらしい。ブラインドの隙間から、夕陽を眺めている場合じゃないっての。
 それ以前に、これぐらい死者が出れば、上司として責任を取らされると思うのだが……。もし筆者が警察官なら、七曲署の捜査第一係には絶対に行きたくない。死亡率がメチャメチャ高いのだから。

 それはともかく、『ワールドプロレスリング』と『太陽にほえろ!』の金曜夜8時の大戦争は、日本プロレスの分裂とショーケンのワガママから始まった、ということは記憶に留めておきたい。
 もし、ショーケンがワガママを言わなければ『太陽にほえろ!』はショーケンがずっと主役で在り続けただろうし、後の殉職シーンが『太陽にほえろ!』の名物にはならなかったに違いない。

 さらに、新日本プロレスでは『ワールドプロレスリング』が放送されていたために、レスラーは『太陽にほえろ!』を見ることができなかったが、坂口征二が当時は珍しかったビデオを持っていたので、移動のバス中に『太陽にほえろ!』を流していたというのだ。
 新日本プロレスのレスラーも、隠れ『太陽にほえろ!』ファンが多かったということか……。

猪木とショーケンと金八先生が、倍賞美津子を巡ってバトル!?

 共に日本プロレスを中継していた日本テレビとNET(テレビ朝日)の、金曜夜8時における大戦争は、まだまだ終わらなかった。『太陽にほえろ!』と『ワールドプロレスリング』の間に割って入ってきたのが、TBSである。
 それが、超人気学園ドラマの『3年B組金八先生』だった。

 1979年10月に始まったこのドラマは、異例の大ヒット。『太陽にほえろ!』はもちろん、『ワールドプロレスリング』にとっても大きな敵となった。
 主人公の金八先生を演じていたのは『海援隊』の武田鉄矢。当初は、同じシンガーの岸田智史が主役になる予定だったが、スケジュールの都合で岸田智史はこの仕事を断り、武田鉄矢にお鉢が回ってくることになる。
 しかし、イケメンの岸田智史よりも、泥臭い武田鉄矢の先生役がハマり、凄い視聴率を取った。第一シリーズでは中学生の妊娠をテーマにして、たのきんトリオ(田原俊彦、野村義男、近藤真彦)というアイドルを生み出し、翌年に放送された第二シリーズでは当時問題になっていた校内暴力を取り上げ、『腐ったミカンの方程式』という言葉が有名になって社会現象を巻き起こしたのである。
 ちなみに、岸田智史は同じシリーズで『1年B組新八先生』の主役を張ったが、こちらはヒットしなかった。ショーケンが『太陽にほえろ!』の続投を拒んだために番組が大ヒットとなり、岸田智史が都合によって主役の座を辞退したために『3年B組金八先生』が大ヒットしたのだから、世の中はわからない。

 そして、『3年B組金八先生』では、アントニオ猪木の夫人だった倍賞美津子が出演している。もちろん、番組に出演していた当時は猪木と夫婦だったのだ。
 倍賞美津子は養護教諭の役だったが(生徒からは『アマゾネス』と呼ばれていた)、後に金八先生と結婚することになる。金八先生はアマゾネスよりも、一緒に下宿していた美術の田沢悦子先生(名取裕子)に好意を寄せていたのだが、何故か倍賞美津子と結婚するのであった。

▼金八先生は後に、倍賞美津子(アマゾネス)と結婚することになる

YouTubeキャプチャー画像より https://www.youtube.com/watch?v=Vm_zNdtGmX4&list=PLPhlfHdwJdujfGnaTg82FwbXytH76lTnQ

 そして、倍賞美津子は実生活でショーケンと不倫に陥った。
 日本プロレスの分裂から始まった金曜夜8時の大戦争、ショーケンが主演した『太陽にほえろ!』が大ヒットし、ショーケンが不倫した相手の倍賞美津子が出演していた『3年B組金八先生』が社会現象を巻き起こす。
 ショーケンがいるところに嵐が巻き起こり、それがプロレス界にとっても無視できない大問題になったということか。


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’19年04月04日号ショーケン美津子猪木 SEAdLINNNGアクトレスG 浅草橋カフェ 新日Cup