川田利明が乃木坂46の冠番組に出演! ラーメン屋に転身した理由とは!?

 1月29日(火)、川田利明がフジテレビ『私の働き方〜乃木坂46のダブルワーク体験!〜』にゲスト出演した。この番組はタイトルから分かるように、アイドル・グループの乃木坂46の冠番組で、この日は白石麻衣、星野みなみ、松村沙友理が出演していた。MCは、お笑いコンビのオリエンタルラジオの中田敦彦と藤森慎吾が務める。
 番組のコンセプトとしては、副業をテーマとしている。ゲストが、どんなキッカケで副業を始めたのか、あるいは現在の副業の状況について乃木坂やオリラジが質問する。

 川田はご存知の通り、全日本プロレスの四天王として1990年代のプロレス人気を支えた。しかし現在は、引退はしていないもののセミ・リタイア状態で、2010年の46歳の時に始めたラーメン屋の『麺ジャラスK』を経営している。副業というより、もはやこちらの方が本業だ。
 乃木坂の白石麻衣も、もちろん川田のことは知らない。現在の川田を見て、かつてはリング上で壮絶な激しいファイトをしていたとは、想像もつかないだろう。


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川田利明にとって転機となった先輩・三沢光晴の死

『麺ジャラスK』では、仕込みや調理はもちろん、接客から金銭管理まで全て川田が自分で行っている。有名人による、単に名前を掲げているだけの店ではないということだ。

 ラーメン屋を始めたキッカケは、三沢光晴の死だった、と川田は語る。足利工業大学附属高校のレスリング部で1年先輩だった三沢は、川田にとって越えたくても越えられない高い壁だった。全日本プロレスに入門してからも、時にはタッグを組み、時には四天王の一員として命を削るような激しいファイトを行ってきた。その頃の川田にとって、最大の目標は『三沢越え』だった。
 ジャイアント馬場の死後に三沢がプロレスリング・ノアを設立、川田は全日本プロレスに残り、袂を分かった。不仲と言われていた2人だったが、川田は2009年6月13日の三沢の死によって、プロレスに対する情熱が薄れたのだという。最大の目標であり、最大のライバルだったレスラーの死。やはり川田にとって、先輩の死は大きなショックだったのだ。

川田「(三沢さんとは)高校時代からずっと一緒で、プロレスに入ってもずっと一緒というパターンは、あまりないと思うから……」
オリラジ藤森「かなり特別な絆で繋がってたんですね」

▼三沢光晴の死によって、川田利明はプロレスへの情熱を失った
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なぜラーメン屋だったのか? 「そこがラーメン屋だったから」

 プロレスラーがセカンド・キャリアとして飲食業を選ぶケースは多いが、その中でもなぜ川田はラーメン屋を選んだのだろう?

「普通は、ラーメン屋をやりたいからこの場所を探そうとか、焼肉屋をやりたいからこの場所を探す、という具合に決めるんですけど、僕の場合は居ぬき場所がたまたまラーメン屋だったから、ラーメン屋をやろうと思ったんです」

 まるで登山家が「そこに山があるから」山を登るような理由だが、もしその居ぬき場所がパプアニューギニア料理屋だったら、パプアニューギニア料理を勉強していたのだろうか。
 川田は工大附属高校の出身だから、料理人よりも大工の方が似合っていると思うのだが。川田が好きなテレビもリフォーム番組らしいし。

 開店する前は中華料理屋で修業をした川田だったが、最初は散々な評判だったという。それには理由があったらしい。

「最初は誰にも言わずに、コッソリ(ラーメン屋を)始めようと思ってたんです。ところが、どっかのバカが『川田がラーメン屋を始めるぞ』とネットで大々的に言っちゃって、最初から行列ができてしまい、それで店が上手く回らない」

 もちろん、ネットでは散々叩かれた。以下が、その書き込み。

「う~ん、二度目はないかな」
「オススメのスープ、フツーでした」
「ちょっと入りにくい」

 しかし川田は「『二度目はない』と言う人は、僕は来てくれなくてもいい」と強気の発言。するとオリラジ中田は「そのバカ、番組で探します?」と恐ろしい提言をした。
 だが『麺ジャラスK』の評価も、現在では一変した。

「格段に料理の質が上がっている」
「一流の人間の集中力で進化している」
「星10は付けたい」

 川田はスープの味にこだわり、修業した中華料理店のスープではなく、ラーメン専門店のスープを勉強したそうだ。
 さらに川田は、客に対してもルールを設けた。

①1人1杯はラーメンを注文すべし
②2ショット写真はグッズ購入者だけ

 川田によると、店の主力商品はもちろんラーメンで、700円や800円の商品で勝負している。それが300円ぐらいの物しか客が注文しなければ、どうにもならないという。では、3人でラーメン1杯のみ注文する『1杯のかけそば』のような客が来たらどうするのだろう?(『1杯のかけそば』なんて、今では誰も知らないか)
 2ショット写真については、開店当初は客の全員と写真を撮っていたという。すると、調理しているのは川田本人なのだから、店が回らなくなるのだ。そんな川田を救ったのが、お客さんの一言。「じゃあ、グッズを買った人だけ写真を撮らせたらいいんじゃないの?」。そのアイディアをいただき、このルールが出来上がった。

ラーメンのスープには、ベンツ3台が溶け込んでいる?

 ここで乃木坂の星野みなみが、誰もが訊きたがっているド直球な質問をした。

「お店の月の売り上げはどれぐらいなんですか?」
「みなみ、気になるもんな、それがな」

 オリラジ藤森が、からかうように言う。どーでもいいが、『みなみ』か……(田中みな実ではない)。「お前が訊け! そんなことは」とオリラジ中田がツッコむ。
 もちろん、川田は月収については言及を避けたが、開店してからの経済状態を語った。

「売り上げは恥ずかしくて言えないぐらい。8年間、ず~っと赤字ですよ」
「赤字なんスか!?」
「店を始めた頃はベンツ3台持ってたんですけど、全部それがスープに溶け込んじゃいましたからね」

 なんと、スープの出汁はベンツ3台だった!? 驚くスタジオ一同。もちろん、ラーメン屋を続けるためにベンツを3台売り払ったという意味だが、オリラジ中田は「フツー、辞めない? そこで」と言うものの、川田は「始めちゃったから、意地があるんで」と、負けず嫌いからラーメン屋を続けたと明かした。
「(僕のラーメンは)鉄が溶けこんでるんだからスゴイですよ」と、ヘンな自慢をする川田。

 最後に、川田の『副業のススメ』として『日々鍛錬』という言葉を贈った。「まあ、成功してないんですけどね」と自虐的に語る川田。
「これからです! 今、そのための修業中です」とフォローするオリラジ藤森。

「あと何年、赤字が続いたら考えようかなあ、とかは?」とオリラジ藤森が質問すると、川田は「資産が無くなった状態で、『これ以上ダメだ』という時には辞めるしかない」。
「その前に止めましょうよ」オリラジ藤森が思わず言った。

「最後、川田さんがスープに溶け込んでいくの、ヤダよ」

 オリラジ中田がオチを付けた。
 番組では、川田の店で副業体験したい人を募集するそうだ。しかし、川田は言った。「大変なんで、やめた方がいいと思いますよ」。

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