12・5 REBELS.59 宮越慶二郎インタビュー「メインイベントでスアレック戦、モチベーションは最高に上がってます」

オフィシャルインタビュー
宮越慶二郎(みやこし・けいじろう)

「メインイベントでスアレック戦、モチベーションは最高に上がってます。
『ニンジャステップ』を駆使して、メインらしく爆発的な試合をします!」

 12月5日(水)、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.59」。メインイベントを飾るのはK-1から凱旋の「超攻撃型ムエタイ」スアレック・ルークカムイ(スタージス新宿)vs「ニンジャステップ」宮越慶二郎(拳粋会宮越道場)である。
 宮越は2016年にNJKFのMVP&年間最高試合(対羅紗陀)とMVPを獲得。だが、ここ2年は思うような結果を残せず、足踏み状態が続く。それだけに2年ぶりのREBELS出場、そしてスアレック戦に賭ける思いは強い。
「強敵ですけど、必ず盛り上げて勝ちます」という宮越がその胸中を明かした。

聞き手・撮影(ジム) 茂田浩司
撮影 山口裕朗

エリートの兄・宗一郎に鍛えられて、
気づけば日本のトップクラスに。

 宮越慶二郎といえば、言わずと知れた格闘一家のサラブレッド。父・宮越新一氏(拳粋会会長)は、かつて「内藤武」のリングネームで「怪鳥」ベニー・ユキーデと戦ったキックボクシングの名選手。兄・宗一郎氏(拳粋会本部師範代)は、長く70㎏の日本人トップファイターとして活躍。15年には兄弟揃ってWBCムエタイインターナショナル王座を獲得(兄はスーパーウェルター級、弟はライト級)して話題となった。宗一郎氏は17年に緑川創に勝利し、18年4月のラストマッチでT-98(タクヤ)とドロー。国内トップの実力を保持したまま、惜しまれつつ現役を引退した。

 弟の慶二郎は「僕は兄と全然違うんですよ」という。

「お兄ちゃんはアマチュア時代から強くて、エリートだったんです。僕も、こういう家に生まれたので空手をやりましたけど(苦笑)、試合に出ても勝てなくて、ずっと『俺は無理だ。大学に行って、普通に就職しよう』と思ってました」

 代わりに熱中したのがバスケットボールだった。

「中学、高校とかなり本気でやってて、高校はチームとしては強くなかったんですけど『地元の埼玉ブロンコスに入りたい』と思って毎日練習しました。それがかわなかった時に『二十代は普通の人が出来ないことをしたい』と思うようになって。その頃、お兄ちゃんがデビューしてて、キックボクシングのきらびやかな世界を見てやってみよう、と。でも、自信がなかったので『負け続けたら辞めよう』とも思ってました」

 18歳でプロデビューすると、順調にステップアップして3年後にNJKFライト級王座を獲得。これは兄・宗一郎氏とのスパーリングが大きいという。

「お兄ちゃんには毎日ボコボコにされてました(苦笑)。向こうも『弟なら怪我させてもいいや』っていうのと『弟だけには絶対に負けられない』っていうのもあったと思いますし、僕も『今日こそ1発入れてやろう』って思ってて。20歳の頃は、ほぼ毎日スパーして鼻血を出してるうちに、自然と強くなってましたね(笑)。他にも強い選手は一杯いたんですけど『チャンピオン(宗一郎氏)と毎日スパー出来るなんてうらやましい』と言われました」

 宗一郎氏は70㎏級の日本人キックボクサーの中でも屈指のパワーを誇った。ライト級の宮越は、常に3階級上のチャンピオンとバチバチにやり合う中で、様々なことを学んだという。

「試合になると楽でした。今まで『相手にパワー負けした』と感じたことは一度もないですし、補強と自重トレーニングだけで特別なフィジカルもやってないですけど、帝拳ジムのフィジカルの日に行ったら『君、強いねー』と驚かれたり。お兄ちゃんはナチュラルであの体格で、腕相撲なんてピクリとも動かないんですよ(苦笑)。そういう選手と毎日練習していたら、自然とフィジカルは付いてくるんです」

 試合で使うテクニックも、宗一郎氏とのスパーリングを通して身につけたものだ。

「お兄ちゃんの試合が決まると、僕が対戦相手の真似をして『仮想○○』にならないといけないんで。相手がサウスポーならサウスポーでスパーをして『俺、サウスポーもできるな』って気づいたり。対戦相手の真似をするうちに僕の引き出しが増えました。今、試合中に頻繁にスイッチすると相手が嫌がるのが分かるんですけど(笑)、そういうテクニックもすべてお兄ちゃんとのスパーで身につけたものです」

 宮越の代名詞「ニンジャステップ」もこの頃に磨かれた。そのルーツは、史上初の外国人(タイ人以外)ムエタイ王座「キックの神様」藤原敏男氏にあるという。

「父は現役の頃、目白ジムに出稽古に行って大先輩の藤原さんにボコボコにされながら、藤原さん独特のステップの技術を習得したそうです。僕が小2で空手を始めた時、父に『こうやって、こう叩くんだ』とステップを踏みながら戦うやり方を教わって、それからずっとステップを踏んでいます(笑)。いまだに、空手流のどっしりとした構えでやろうとすると不安になってくるんですよ(笑)。
 あと、自分でもかなり研究しました。家に藤原さんのDVDがあるので繰り返し見たり、藤原ジムの小林聡さん、前田尚紀さん、山本真弘さんが好きでよく試合を観ていて、特に山本真弘さんのステップは真似しましたね。それにプラスして、中高でやってたバスケのフットワークもアレンジして取り入れてます」

 多彩なステップワークと頻繁なスイッチで、相手を幻惑する「ニンジャステップ」を武器に、15年にWBCムエタイインターナショナル王座獲得、16年には羅紗陀戦でNJKF年間最高試合とMVPを獲得。その勢いを駆って、さらなる飛躍を果たすべく森井洋介、海人、重森陽太という日本トップクラスや海外での試合に挑んだが、思うような結果は残せなかった。

キックボクシングの盛り上がりを実感しながら
「もっと世界の、華やかな舞台で戦っていきたい」
そのために、スアレック戦は絶対に勝ちたい

 ここ2年で結果が残せなかったことについて、宮越は「気持ちの部分が弱くなっていた」という。

「昔は、技術はなかったんですけど、気持ちは強かったのでどんどん勝てたんです。今はそれが逆転してて、色々な技術を覚えて使えるようになったんですけど、最後の最後に『やべえ、負けるかも』って気持ちの部分で負けてしまったり。
 そういう面を補うために、最近はアナログ的なトレーニングをしています。サンドバッグを蹴り続けたり『これ』と決めてそれだけをやり続けたり。今までなら『これは無駄だろう』と思うことも、試し試しでやっています。
 心技一体というか『気持ちの大切さ』は痛感してますね。気持ちがダメな時は練習にも身が入らないですし、試合にも勝てない。自分の弱い部分と向き合いながら練習しています」

 現在、メイントレーナーは宗一郎氏だが、試合が決まると練習を出稽古中心に切り替えている。

「兄は道場での一般会員さんの指導で忙しくて、ミットを持って貰うのは週1ぐらいです。試合が決まると色々なジムに出稽古に行ってスパーリングしたりしています。
 良太郎さんのいるブルードッグジム。あと、シーザージムに行って村田聖明選手とか笠原兄弟と練習しています。最初はスパーだけだったんですけど、シーザー会長に『宮越、練習もやっていけよ! ほら、サーキットもやれ!』と言われまして(笑)。
 ボクシングジムにもずっと通っていて、帝拳ジムで1年間じっくりと基本やテクニックを教わって、最近、日菜太選手も通っているEBISU K‘s BOXに通い出して、ボクシングスパーとか実戦的なことをやっています。色々なトレーナーに教わって、ボクシングテクニックはかなり付いてきたかなと思います」

 今、宮越は主にキックボクシングフィットネスのトレーナー業で生計を立てている。週6日、スケジュールはぎっしりと詰まっているが、それでも「キックボクシングをやりたい」という要望に応えきれない状況で、最近もレッスン場所を増やしたばかり。

「3年前にここ(新所沢バンブールーム)を始めて、今はここで週4日、9レッスンをやっています。あとは新所沢カルチャーセンター、所沢のキッズクラス、川越、最近は目黒でも始めました。ここは3年前に始めたんですけど、都度払い制でハードルが低いのでめっちゃ来てくれますね(笑)。今、一般の方の『キックボクシングをやりたい』っていう要望が本当に多いです」

 キックボクシングトレーナーとして忙しい日々を送りながら、現役選手としてもさらなる高みを目指す。
 REBELS.59のメインイベントでスアレック・ルークカムイとの試合が決まり、宮越のモチベーションは上がった。

「ずっと明確な目標が無くて『有名になりたい』とか漠然としていたんです。最近はあまり勝てていなくて苦しい状況ではありますけど、ここを乗り越えて、もっと上を目指したい。そう考えていた時に、いいタイミングで、いい相手と決まりました。僕はこの試合をきっかけに、いろんなところに出ていきたいです。
 下手な相手とやってもしょうがないですし、モチベーションの上がる相手とやっていきたいです。最初にスアレック戦のオファーをいただいた時は『K-1に出ているのに、本当にやれるのかな?』と思ったんですけど『やれる』というんで『よし!』となりましたね。
 スアレック選手は強いし、勢いもありますし、特に今回はムエタイルールですから。ゲーオ、ゴンナパーもそうですけど、K-1で活躍しているタイ人選手は元々ムエタイが本業。ヒジありのルールの方が得意だし、強さを見せられますよね。
 だからこそ、本当に楽しみなんです。僕もヒジありでずっとやってきたんで自信はありますよ。1、2Rをしっかりと様子を見れば、後半は自分のペースでいけると思ってます」

 宮越が得意とするのは後半のスタミナ勝負。最近では今年2月の重森陽太との1戦(KNOCKOUT)がそうだった。
 前半は重森得意の蹴りで距離を取られて、思うような攻撃が出来なかったものの、4Rから距離を詰めてパンチで攻め込み、5Rに渾身のヒジ打ちでダウン寸前まで追い込んだ。判定は三者三様のドロー。

「ムエタイだと負けている試合でしたけど、あのヒジが当たった時は神様が『まだ現役で頑張れ』と言っているのかな、と思いました。4Rからようやく距離を詰めてパンチが当たる距離に出来たんですけど、なかなか決定的なダメージを与えられなくて。とっさに『まだ見せてなかったヒジだ』と思って打ったんですけど、まさかあそこまで綺麗に入るとは。自分でもビックリしました(笑)。
 スアレック選手は、圧力が相当あると思います。だけど、僕は兄とのスパーで『圧力』の対処方法はよく知っていますからね(笑)。スアレック選手は3R用のスタミナだと思いますし、あれだけ強く打ってきたら後半は持たないですよ。僕は尻上がりですから(笑)、後半勝負でいけると思っています」

 宮越が今、見据えているのは「世界」と「華やかな舞台」。最近のキックボクシングの盛り上がりも追い風だと感じている。

「REBELSが来年から地上波ゴールデンタイム進出と聞いて、なんで今回からやってくれないのかな、と(苦笑)。せっかく試合をするんですから、テレビに出てナンボじゃないですか。正直、ガッカリはしましたけど、逆に『地上波で放送しておけばよかった』とREBELSの山口代表が思うような試合をしよう、と(笑)。
 でも、どんどんキックボクシングの地上波放送が始まって、いい時代になったと思いますし、夢がありますよね。
 僕の『ニンジャ』も、元々は世界で活躍するために考えたこと。中国で試合した時に『チャイニーズドリームを掴もう』と思って、英語で『俺をニンジャと呼んでくれ』と言ったらものすごくウケまして(笑)。海外ではこれだな、と。日本では健太先輩に『ニンニン』といじられまくるんですけど(苦笑)。
 だから、来年はONEにも出てみたいですし、もっと世界の舞台で活躍したり、地上波放送にも出たいです。そのためにも、スアレック戦は大事ですし、メインらしい、爆発的な試合を見せたいですね」
(了)

プロフィール
宮越慶二郎
(みやこし・けいじろう)
所  属:拳粋会宮越道場
生年月日:1990年1月28日生まれ、28歳
出  身:埼玉県所沢市
身  長:170cm
戦  績:38戦24勝(6KO)11敗2分1無効試合
WBCムエタイインターナショナルライト級王者
WBCムエタイ日本ライト級王者
NJKFライト級王者


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