[週刊ファイト11月27日期間] [ファイトクラブ]公開中
▼プロレス界にも採り入れて欲しい、現役ドラフトとプロ・スカウト部門
by 安威川敏樹
・ソフトバンクでくすぶっていた大竹投手が阪神でブレイクした理由
・『野村再生工場』でノムさんが他球団の無名選手を覚醒させる
・ほとんど知られていない存在ながら、今や欠かせないプロ・スカウト
・日本プロレスリング連盟による、移籍のルール作りが不可欠
前回、野球列島と題した記事を書いたが、どちらかというとワールド・シリーズが中心のコラムだった。だが、日本シリーズにも注目すべきシーンがあったのだ。
そして、それはプロレス界でも実現して欲しい出来事だったのである。

▼野球列島と化した日本で見え隠れした、プロレス界と共通の問題点
ソフトバンクでくすぶっていた大竹投手が阪神でブレイクした理由
10月30日、阪神甲子園球場で行われた日本シリーズ第5戦で、阪神タイガースは大竹耕太郎が先発登板した。試合は2-3で阪神が敗れ、1勝4敗で福岡ソフトバンク ホークスの日本一を許したものの、大竹は6回無失点(勝敗つかず)と好投したのである。
大竹は、元々はソフトバンクの投手だった。つまり、日本シリーズという大舞台で、古巣を相手に奮闘したのだ。
しかも大竹は、ソフトバンクの育成枠出身。ソフトバンクには、育成枠から大成した選手が多い。だが残念ながら、大竹はソフトバンクでは結果を出せなかった。
ところが2023年に現役ドラフトで阪神に移籍すると、先発ローテーションに入り大ブレイク。12勝を挙げ、この年の阪神優勝に大きく貢献した。その後も先発左腕投手として、阪神には無くてはならない存在になっている。
ところで、現役ドラフトとは何か? ドラフトというと新人選手選択会議を連想するが、現役ドラフトはプロ野球(NPB)に所属する選手がドラフト対象となる。
もちろん、どんな選手でも指名できるというわけではなく、対象選手の条件は本稿では割愛するが、要するにずっと二軍にいるような一軍の試合出場機会が少ない選手を、他球団に移籍させる制度だ。
しかし、ここで一つの疑問が浮かばないだろうか。ファームにいるのは一軍の実力がないからで、他球団に移籍しても同じじゃないの? という点だ。
ところが、大竹のように他球団に移籍すると大化けする選手がいるから面白い。なぜ、そのような現象が起こるのか。
その理由として、元の球団の選手層が厚いことが挙げられる。たとえば、他球団へ行けば一軍昇格間違いなしなのに、既に投手枠が埋まっていてなかなか一軍に上がれないような投手がそれだ。その投手が層の薄い球団に移ると、チャンスが与えられて一軍での活躍が期待できる。
逆に、投手層は厚いものの野手層が薄いその球団は、他球団から野手を獲得することによって、戦力の充実を図ることができるわけだ。
他にも、球団カラーがその選手によって合う、合わないというのもあるだろう。大竹の場合、ソフトバンクでは速い球を投げることが要求されていた。ソフトバンクの投手は速球派が多い。だが大竹は技巧派投手だったので、ソフトバンクの方針に合わなかったのだ。
だが阪神に移籍すると、大竹の良さである投球術が認められたうえに、指導方法も大竹に合っていたので、一軍で活躍することができたのである。
また、セントラル・リーグとパシフィック・リーグの違いも挙げられよう。一般的にセ・リーグは緻密、パ・リーグは豪快な野球と言われる。つまり、技のセと力のパというわけだ。
大竹の場合は、まさしくセ・リーグの野球に向いていたと言える。

『野村再生工場』でノムさんが他球団の無名選手を覚醒させる
現役ドラフトが始まったのは2022年からだが、それ以前はどうだったのだろうか。実力ある選手が活躍できずに埋もれてしまうことは多々あったものの、やはりトレードによりブレイクした選手は少なくない。
その代表例が、ノムさんこと野村克也の選手育成法だろう。野村の手腕は野村再生工場と言われ、他球団でくすぶっていた選手を戦力にすることに長けていた。
特に有名なのが、江夏豊を蘇らせた功績だ。阪神の絶対的エースだった江夏も、左腕を酷使され速球が投げられなくなったうえに、我儘な性格が災いしてチームから浮いた存在になっていた。そんな頃、当時は野村が監督兼捕手を務めていた南海ホークス(現:ソフトバンク)に放出されたのである。
往年の剛速球は影を潜めて、先発完投はもう無理と野村は見ていたが、短いイニングならまだまだいける、さらに冷静な頭脳と投球術は救援向きと、江夏にリリーフ転向を勧めた。
だが、江夏は猛反対。まだリリーフの重要性が認識されていなかった時代で、投手は先発完投するもの、リリーフなんて勝ち星泥棒や、という信念を江夏は持っていた。
だが、江夏をこのまま埋もれさせたくはないと考えていた野村は、お前のため、チームのためにリリーフ転向してくれと何度も頼んだが、江夏は頑として首を縦に振らない。
徹夜で説得するうちに、野村は「バッティングマシンが登場したうえにDH制の採用と、これからの野球は打高投低になる。そうなったら先発完投なんて言ってらへんで。必ず投手分業制の時代になるはずや。ユタカ、お前がリリーフとして野球界に革命を起こせ!」と言った。
すると江夏は「革命!? 革命を起こせるんやったらやります!」と即座にOKする。
リリーフに転向した江夏は、日本一のクローザーとなり(当時はリリーフ・エースと呼んでいた)、まさしく球界に革命を起こした。
そして、あれから約50年経った現在の野球は、野村の言った通り完全な投手分業制の時代となっている。
その江夏と交換トレードで南海から阪神に移籍したのが江本孟紀だ。アントニオ猪木と共にスポーツ平和党を支えていた、あの江本である。
江本は社会人から東映フライヤーズ(現:北海道日本ハム ファイターズ)に入団したものの、1年目は0勝。だが、野村は東映と対戦した時にその素質を見抜き、タイミングよく南海にいた高橋博士をトレードして欲しいと東映から打診があったので、それなら江本をくれと要求した。