[週刊ファイト8月28日期間] [ファイトクラブ]公開中
▼プロレス界にとって永遠のテーマ、選手育成と阪神二軍の新本拠地
by 安威川敏樹
・これだけ違う、阪神二軍の旧本拠地球場と新本拠地球場
・アメリカのベースボールを支えるマイナー・リーグ文化
・かつてはファン・サービス無視で、お粗末だったプロ野球二軍球場
・対照的なアメリカと日本の選手育成方法
・日本のプロレス界にも必要な近代化と科学的トレーニング施設
選手の育成というのは、プロレス界にとって永遠のテーマだろう。いや、プロレス界に限らず、あらゆるスポーツに於いて最も重要な課題かも知れない。
若手選手が育つと、それだけそのスポーツや団体は長く繁栄することができるし、失敗すれば表面上はいくら栄華を誇っていても近い将来に必ず破綻する。
今年(2025年)、プロ野球(NPB)の阪神タイガースが二軍の新しい本拠地をオープンした。日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎である。 SGLスタジアムは、今までのNPB二軍本拠地の常識を覆す球場だ。二軍というのはファーム、即ち農場で、若手選手を育てる場である。
プロレス界も、阪神の新本拠地に若手レスラー育成のヒントがあるかも知れない。

▼プロレス界も藤川球児に学びたい、コーチングの重要性
これだけ違う、阪神二軍の旧本拠地球場と新本拠地球場
去年まで、阪神二軍は阪神鳴尾浜球場を本拠地としていた。SGLスタジアムと同じく、一軍の本拠地である阪神甲子園球場と距離的には近く、また球場の広さや方角も甲子園と同じ造りになっているのだ。
さらに、近くに室内練習場や若手選手寮である『虎風荘』があるのも共通している。つまり、寮に住む選手たちはいつでも練習できるわけだ。
だが、実は相違点の方が多い。まずは立地条件だ。両球場とも甲子園に近いと書いたが、鳴尾浜球場には最寄り駅がなく、阪神本線の甲子園駅からバスで行くしかないのである。
しかし、SGLスタジアムは阪神本線および阪神なんば線の大物(だいもつ)駅から徒歩5分と、二軍本拠地とは思えないほどアクセスが抜群に良い。しかも準急以下が停車し、大阪梅田駅や大阪難波駅、さらには神戸三宮駅から乗換なしで行くことができるという便利さだ。
それだけではなく、鳴尾浜球場の収容人員数はたったの約500人。二軍公式戦でも入場無料で、ナイター設備すらなかった。
それに対し、SGLスタジアムは約3,600人収容と二軍本拠地としてはかなり多く、臨時外野席も開放すると最大約4,400人にもなる。入場料も必要で、ネット裏が3,000円、内野席が2,000円(大人)、最も高い席で4,000円だ(外野席以外は全席指定)。そして、ナイター設備もある。
▼阪神二軍の旧本拠地・阪神鳴尾浜球場。キャパシティが少なく、ナイター設備もない

何よりも、鳴尾浜球場には売店すらなかった。球場の入口にジュースの自動販売機があるだけで、野球観戦で最も楽しみとなるビールだって売っていない。そもそも、鳴尾浜球場ではアルコール飲料の持ち込みが禁止されていた。
SGLスタジアムは、アルコールを含む飲食物の売店はもちろん、タイガース・グッズを売っているショップまである。球場外にはキッチンカーも出店していた。球場内には、二軍本拠地では異例のビールの売り子まで歩いている。こんなことは、鳴尾浜球場では考えられなかった。
▼SGLスタジアムにあるタイガース・ショップ。チケットが無くても入店可能

アメリカのベースボールを支えるマイナー・リーグ文化
SGLスタジアムと鳴尾浜球場は何故ここまで違うのか? それは、阪神球団が二軍で集客努力をしようとしている現れである。簡単に言えば、二軍でも商売しようとしているのだ。
しかし、今までの阪神球団、というよりもNPB各球団は、二軍で儲けようとは思っていなかった。商売は一軍のみで、二軍は文字通りファーム、あくまでも選手育成の場としか考えていなかったのである。
だが、これはおかしい。二軍と言えどもプロ野球には違いないのだから、お客様からお金をいただいて、その対価としてプレーを見せるのが本来の姿であるはずだ。
二軍選手だって年俸を貰っているプロなのだから、単に練習するだけではなく、お金を払っているファンに野球を見せるという意識を持つべきである。
それが徹底しているのがメジャー・リーグ(MLB)だ。MLBにはNPBの3倍近い30球団もあるが、アメリカの国土面積が日本の約26倍もあることを考えると少ないぐらいである。
しかし、MLB球団は広大なファーム組織、即ちマイナー・リーグを傘下に収めているのが特徴だ。NPB球団にはファームは基本的には二軍しかないが(球団によっては四軍まで)、たとえば大谷翔平が所属するロサンゼルス・ドジャースの場合はマイナー・チームを4球団、最下層のルーキー級を2チームも擁している。
▼ロサンゼルス・ドジャースの本拠地、ドジャー・スタジアム

今、さらっと『マイナー・チームを4球団』と書いたが、ここがNPBと根本的に違うところだ。阪神は一軍だろうが二軍だろうが阪神タイガースだし、経営母体も同じだが、ルーキー級を除く各マイナー・チームはMLB球団とはチーム名も経営母体も変わるのである。本拠地だって、MLB球団の近くとは限らず、むしろ遠く離れている方が圧倒的に多い。
ドジャースの場合、マイナーの3A球団はオクラホマシティ・コメッツ、2A球団はタルサ・ドリラーズで、多くのマイナー球団は独立採算制だ。つまり、MLB球団とは業務提携をしているというだけで、たとえば自チームの3A球団が来年は違うMLB球団の傘下になっていることだってある。日本のプロレス界で言えば、新日本プロレスがAプロレスというインディー団体を買収して二軍化したが、翌年はAプロレスが全日本プロレスと契約してその傘下になり、新日は新たにBプロレスをファームに収めるようなものだ。
全米(カナダを含む)にはマイナー・チームが120球団もあり、MLB球団が保有するルーキー級のチームを含めるともっと増える。マイナー球団は中小都市に本拠地がある場合が多いので、そこに住んでいる人はわざわざ遠い大都市で行われているMLBの試合を観に行くよりも、地元でマイナー球団の試合を観戦することが多いのだ。
ここに、アメリカのマイナー・リーグ文化があるわけで、日本で言えば相撲の『江戸の大関より土地の三段目』という感覚である。
したがって、アメリカではマイナー・リーグだって立派なプロ野球だし、NPBの二軍と違いマイナー球団にはオーナーやゼネラル・マネージャー(GM)もいるので、興行として成り立たせる必要があるのだ。
マイナー球団のGMが球場でホットドッグを売ることだって珍しくない。その理由は経費節減もあるが、もう一つは球団経営の基礎を学ぶことで、将来はMLB球団のGMを目指すのだ。マイナー・リーグは選手や指導者だけではなく、経営者も育てているのである。
▼SGLスタジアムの外側に並ぶキッチンカー。マイナー・リーグ文化に似ている

かつてはファン・サービス無視で、お粗末だったプロ野球二軍球場
筆者がSGLスタジアムに行ったのはお盆のある日。夏の暑い時期ということで、鳴尾浜球場では不可能だったナイト・ゲームで行われ、満員札止めとなる約4千人が集まった。
マイナー・リーグではナイト・ゲームは当たり前で、理由は言うまでもなく集客のためである。しかし、鳴尾浜球場での二軍戦はナイター照明がないため、当然のことながら平日でもデー・ゲームで行われていた。要するに、観客のことなど考えていなかったのである。
鳴尾浜球場では客は年配男性が多かったが、SGLスタジアムには年配男性はもちろん、若い女性や家族連れなど様々なファンが訪れていた。明らかにファン層が広がっていたのだ。
球場周辺は住宅街のため、甲子園とは異なり鳴り物応援は禁止。それが却って球音を感じることができ、一軍戦とは違う新たな野球の楽しみを醸し出していた。
前述したように、SGLスタジアムではビールはもちろん弁当などを売っている売店があるため、ジュースの自販機しかなかった鳴尾浜球場と違って野球観戦しながらグルメを楽しめる。
ちなみに筆者は、SGLスタジアムでしか売っていない『虎風荘カレー(虎風荘の食堂で若手選手に提供されていたカレー)』を食べてみたが、かなりスパイスが効いていて美味かった。
▼SGLスタジアムの売店でのみ販売している『虎風荘カレー』

野球は間があるスポーツなのでグルメは欠かせない要素だ。メジャー・リーグはもちろんマイナー・リーグでも同じで、ホットドッグ片手に子供ならコーラ、大人はビールを呑みながら観戦するのがスタイルと言える。
日本の一軍でも同じだが、以前はどちらかというと『食わせてしまえばこっちのもの』という感じで、グルメにはさほど力は入れていなかった。しかし最近ではどの球団も球場グルメに工夫を凝らしており、様々なメニューを楽しむことができる。それが二軍にも波及してきたわけだ。
それまでの二軍本拠地球場は、ただ試合と練習をするだけの場所だった。それでも、約30年前の1994年に鳴尾浜球場が完成した時は、当時としては最新設備を誇り、これが本当に二軍の球場かと目を見張ったものだ。小ぶりとはいえスタンドはあったし、室内練習場も完備。二代目となる『虎風荘』も、以前は甲子園の近くにあった初代『虎風荘』に比べると遥かに立派だった。
鳴尾浜球場がオープンする前の阪神二軍の本拠地だったのは、SGLスタジアムと同じく兵庫県尼崎市にあった阪神浜田球場だ。浜田球場には観客席がなく、二軍とはいえとてもプロの本拠地とは思えない。事実、鳴尾浜球場へ移転した後は草野球場となっていた。こんな球場で、怪我のため二軍調整中の掛布雅之や岡田彰布らスター選手がプレーしていたのだから信じられない。
V9時代の読売ジャイアンツ(巨人)の二軍本拠地はもっと酷かった。多摩川グラウンドという名で、もはや『球場』とすら付いていない。多摩川の河川敷にあり、もちろん観客席やナイター設備などなく、草野球場そのものだ。これが球界の盟主たる大巨人軍の二軍本拠地なのだから聞いて呆れる。
ここで長嶋茂雄や王貞治、そして巨人時代のジャイアント馬場らが練習や試合をしていたのだ。二軍ではあるが、こんな河川敷でプロ野球の公式戦が行われていたのである。
(埼玉)西武ライオンズに身売りされる前、福岡に本拠地を構えていたクラウンライター・ライオンズなどは、福岡大学のグラウンドを借りて練習していたほどだ。親会社を持たない超貧乏球団ということもあるが、1980年代以前の二軍の扱いはこの程度だったのである。
なお、巨人は阪神と時を同じくして今年、二軍本拠地をリニューアルした。その設備はSGLスタジアムと遜色ないものとなっている。
▼若かりし頃、巨人二軍本拠地の多摩川グラウンドで汗を流していたジャイアント馬場

対照的なアメリカと日本の選手育成方法
二軍本拠地とは思えないファン・サービス充実のSGLスタジアムだが、本来の目的である選手育成設備も申し分ない。SGLスタジアムのライト後方には、内野の守備練習が可能なサブ・グラウンドがある。
さらにその後ろには室内練習場があり、面積は甲子園の隣りにある室内練習場の約1.5倍。そして、選手寮の三代目『虎風荘』が隣接しており、最新鋭設備を備えたトレーニング・ルームはもちろん、流水プールやサウナ付きの大浴場などもある豪華さだ。なお、SGLスタジアムの隣りには、一般人も利用できる軟式野球場があり、これらを総称してゼロ カーボン ベースボール パークと呼ぶ。
▼SGLスタジアムの隣りにある、一般人が利用できる小田南公園軟式野球場

ここで一つの疑問が思い浮かばないだろうか。これだけ施設が充実していれば、二軍選手にハングリー精神がなくなり、どうしても一軍に上がろうという気迫に欠けるのではないか、と。
アメリカでは選手の食い物の違いから、メジャー・リーグはステーキ・リーグ、マイナー・リーグはハンバーガー・リーグと呼ばれており、待遇の差はNPBの一軍と二軍よりも遥かに大きい。