3月16日(金)RISEのビッグイベントが発表された真裏、雨中の秋葉原でブシロードの『カードファイト!! ヴァンガード』リブートプロジェクト『2018春ヴァンガードキャラバン』がスタートした。
これに先立つ3月14日(水)にはTOHOシネマズ 六本木ヒルズで「カードファイト!! ヴァンガード 新シリーズ制作発表会」を開催、アニメ業界に衝撃を与えている。
ツイッター等で30秒程度の次回予告、ファイトシーンなど短時間の映像を自由に配信出来る。一般ユーザーに映像を使って頂く事も検討課題だと思います。そして新作ヴァンガードとバミューダのアニメで来期ブシロードは10億円弱の制作費をかける。それでもメリットは多く時代性に合っていると考えます
— 木谷高明 (@kidanit) 2018年3月15日
解説。ヴァンガードのアニメ制作費100%出資のメリットを改めて解説。放送、配信形態に関しては既報の通りですが、プラス全世界日本語版、英語中国語サブタイトル版、英語吹替え版がYouTubeにより視聴可能。カードショップ等で公式に応援上映等が出来る。公式イベントで先行上映が可能(続く
— 木谷高明 (@kidanit) 2018年3月15日
2011年1月にアニメ放送を開始した『カードファイト!! ヴァンガード』はオカダ・カズチカのTVCMでもお馴染み、ブシロードのフラッグシップ作品で、その劇中に登場するTCG(トレーディングカードゲーム)を世界規模で展開している。だが昨今は、世界的アナログTCG(トレーディングカードゲーム)の退潮傾向には抗えず、ジリジリとビジネスとしては下がりつつあった。
木谷オーナーが今年シンガポールから日本へ戻って「製作の最前線」に赴いた最大の理由はそのアナログTCG復権の為であり、今回の発表はその第一歩。なぜアニメ業界に衝撃かといえば、自社で制作費を全額捻出し、作品を自由に運用していくという斬新な手法を取るからである。
現在ほとんどのテレビ・劇場アニメは作品毎に制作委員会を立ち上げ、数社で出資しあってリスクを分散させる方式を採用しており、これまでは『カードファイト!! ヴァンガード』もテレビ東京、創通、電通などと制作委員会を通じて展開してきた。
だが、5月5日放送開始の新シリーズは、コミックス版を原作として物語の初めから『ヴァンガード』をリブートするだけに留まらず、今冬製作のスピンオフ作品『バミューダ△』と合わせて10億円の制作費をブシロード一社で賄うという。
テレビ東京での放送は現在のシリーズを以て終了し、AbemaTVでの最速配信、TOKYO MX他でのディレイ放送に続いてはYouTubeの公式チャンネルで全話を無料で配信する上に、Twitterなどへ数十秒程度に短縮した映像を提供する。さらに、ユーザーにそれらの短縮映像を自由に使わせるという点は、公式でのアニメ作品の2次創作公認という画期的取り組みとなる。
木谷オーナーは「7年前とはアニメに対するユーザーの姿勢が変わった」と分析する。
確かに永年アニメ界を支えてきた、制作委員会方式と制作費を映像ソフトの売り上げで回収するシステムはパッケージソフト全般の急激な落ち込みで崩壊しつつある。
春夏秋冬、四半期単位に膨大な量のアニメが制作されるが、その中で1作が飛び抜けて話題になって他は爆死の1強皆弱状態はここ数年の特徴。例えば今期(1〜3月)はキングレコード『ポプテピピック』が圧倒、鳴り物入りで始まった『ダーリン・イン・ザ・フランキス』はブシロードも放送前からTCG化を発表するなど期待が集まっていたが、蓋を開けてみれば厳しい情勢。
※再生回数、「いいね」の数供に4〜5倍と大きく水を空けられているが、Twitterなどでの反応の差はさらに歴然
この辺りは木谷オーナーの「勝ち組感」にも通じるが、損な事、無駄なことを嫌うスマホ世代は大ヒット作をみんなで弄り倒す傾向が顕著。リアルタイム視聴はTwitterなどでみんなで実況や大喜利をするのが目的な現状、切り取った動画やキャプ画は、おおっぴらに認めないものの黙認するしかないのが現実。2次利用に眼を瞑れば、勝手に宣伝してくれるのだから、ビジネスとしてブレイクさえすれば問題はないといえる。
だがそのグレーゾーンをあえて公認してみせるには、制作委員会方式はネック。本来権利者である木谷オーナーが「大いにやってほしい」と思い、他社のほとんどの担当者もそう思っても、一社でも物わかりの悪い老害部長が首を横に振ればそれはグレーゾーンのままである。
だからこそ、10億円という制作費を投じて完全に自社で2次創作の線引きをする事になった。YouTubeで全話常時視聴可能というのは、パッケージソフトでの回収を放棄する意志の表れ(限定カードとか声優による副音声とか付加価値を付けて販売する手は残るが)で、当然他社広告も入れられるが、作品をフリー素材化するという割り切りは、ある意味でコンテンツ産業界にとっての収益構造を引っ繰り返しかねない大転換だ。
何故、ブシロード・木谷オーナーがここまでの決断をしてでも『ヴァンガード』を作品のみならず制作体制ごとリブートするかといえば、それはアナログTCGの退潮に歯止めをかけ、反転攻勢を狙うための反撃ののろしだからであろう。
ホリエモンは自分に会いたがる若者を「ライブ体験をしたいだけ」「少し迷惑」と評したが、どこかへ出かけて行って人と逢うことは確かに煩わしい(そのホリエモンが大阪維新が進める、前近代的な馬鹿騒ぎの『万博』に賛同しているのは矛盾しているが)。
ライブ体験自体はまだしも、そこに出かける渋滞や混んだ電車、人混み、行列、隣に座る人との距離感…どれも煩わしいものではある。
ましてや、見ず知らずの相手と紙のカードで戦うなどというのはスマホ世代でなくともハードルは高い。
ブシロードとしても、売り上げの比率で絶好調の『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル』『バンドリ! ガールズバンドパーティー』などのデジタルアプリゲームがアナログのTCGを逆転する日も間近いだろう事は想像に難くない。
事はカードゲームに限らず、プロレス・格闘技でも360°VR配信が行われつつあるが、いずれ煩わしいゴーグルもなしで自室に居ながらに、特別リングサイド以上の距離感でライブで観戦が可能になっていくだろう。そしてそういう時代が来た時に、果たしてそれでもドーム興行に人押し合いへし合いしてまでわざわざ出かける価値を見出すのか?という話しにも繋がっていく。
AIに人間の仕事が取って変わられていく時代、それは突き詰めれば人間が他人と関わり合っていく必要があるのか、そもそも人間とは?という哲学的命題にいきつくだろう。
そして迎えた3月16日は、何年か先になって、趣味におけるアナログとデジタル化のあそこが転換点だったといわれる時代が来る、そんな意味のある日だった可能性がある。
その日、ゲーマーズ秋葉原店のイベント会場は金曜日とはいえ平日の厚9時から整理券を配布して50人ほどが集まって満席状態。さすがに学生風が多いが、社会人も目につく。
まず行われたのは、全国300店舗以上のカードゲームショップで行われる『2018春ヴァンガードキャラバン』の先陣を切っての初心者遊び方教室。
カードゲームのレクチャーは7年振りという、いず様が橘田先生として、経験者も含む参加者にヴァンガードの遊び方を進行していく。
響の新人声優と「手取り足取り」とお約束の百合営業を披露したり、参加者に「うるっさい」と怒鳴るご褒美を与えたり、先ずはカードゲーム以前に参加する事の意味を持たせるのは、ブシロード立ち上げ時からのお約束。
それが、創設メンバーの橘田先生であるのは、この取り組みが『ヴァンガード』のというよりは、ブシロードとして改めてユーザーとの関わり方、何を提供するかの再確認の場でもあったといえる。
予定の30分を15分押したのもアナログのイベントならではで、終了後はゲーマーズの店頭でのテープカットセレモニーとなった。
セレモニーを観る為に熱心なファンが集まり、デッキの配布を待つ行列も伸びる中、曇り空からけっこうな雨粒が落ちてきた。あるいは木谷オーナーが話す前を、ワザと突っ切ろうとした愉快犯を広報の社員が必死でなだめて迂回して頂いたことも、全てアナログ故に起こるハプニングである。
不特定多数の人が集まる故のトラブル、自然の空の下で行う故の荒天。
デジタルで個人を認証して招待し、仮想空間で行えば事足りる話しだ。
不愉快に思う人がほとんどだろうし、ストレスに感じるのが自然だろう。
だが何年かして、
「あの時の、あの雨のテープカット」
という思い出話を語る時に懐かしく振り返られるアキバの埃っぽい空気はアナログの、生身の人間ゆえの温もりなのではないか。
競技かるたを題材にした『ちはやふる』は「かるた=百人一首」を古臭い、無意味な物として退ける同級生達との葛藤を描いている。あるいは道具として割り切る競技者に、「時代に洗われて残った歌」であると諭す描写もある。
アナログのカードゲームの祖である百人一首の様に、ヴァンガードが1000年先の時代にも遺るか否かは誰にも解らない。
百人一首も編まれた当時は最新の流行歌だった筈だ。
五七五七七の三一文字に無限の風景を読み取った平安の雅から1000年下って、一字、あるいは文字になる前の半音、あるいは無音で判断されるまでに先鋭化した競技かるただが、紙に刷られた札を生身の人間同士が取り合うというアナログ競技であり続けている。
会社と従業員はもちろん、取引先の命運まで背負ってビジネスとして成立させる必要がある木谷オーナーがそこまでのロマンのみで今回のプロジェクトを立ち上げたとは思われないが、結果として、人類の娯楽のフルデジタル化への最後の抵抗となる可能性はある。
ヴァンガードのアプリゲームも保険をかけるという意味あいよりは、初心者向けに参加のハードルを下げる事に重きを置いているし、店舗での上映会、カードの配布など、とにかくやれること全てをやって、アナログの砦を守り抜こうという意志は強烈に感じる。
弊誌にしてもデジタル化して久しいが、アニメ、漫画、映画、プロレスも格闘技も含めて、避けては通れないデジタル化、あるいは作品や著作物の権利と収益構造との関係性を考れば、今回のブシロード・木谷オーナーの英断を、他社のやることと、他業種、他ジャンルといえど看過はできない普遍的な問題提起を行っていると判断すべきであろう。
そしてそれはユーザーとして、否、人間として、娯楽には無駄を一切排除して不快を取り除いたデジタルデータだけを享受したいのでなければ、ブシロードの新たな『ヴァンガード』を素通りすべきではない。
人と人とが集まって派生する煩わしさを、その場では無理でも後から思い出として楽しめる、あるいは楽しみたい感性をもっているのならば、ヴァンガードを注目し、応援していく必要があるだろう。