[週刊ファイト2月1日号]収録 [ファイトクラブ]公開中
▼プロレス技名の不思議 ~難解?誤解? 見逃されがちな言葉たち~
by 立嶋博
・その1 ザ・グレート・カブキの「“トラース”・キック」って何だ?
・その2 あの有名技名もまた、「慣例的に」間違っている?!
・その3 日本語の技名も難解! そういえば「ひしぎ」って何よ?
プロレスは特殊なジャンルである。
だから、プロレス用語にはしばしば、非常に難しい単語が混じる。
日頃から遣い慣れているからなかなか気がつかないが、思い立って辞書を引いてみると思いがけない意味であったり、出口のない疑問に取りつかれたりする。今回はそんな単語たちを拾って、できる限りその成り立ちを検証してみようと思う。
その1 ザ・グレート・カブキの「“トラース”・キック」って何だ?
「トラース」とは耳慣れない言葉だが、本家・カブキさんの述懐によれば、これは「thrust」が日本で訛ったものだそうである。
「thrust」なんて単語、習ったことない、と思う方が多いだろうが、実はこれは艦船や航空機に興味がある人や科学好きな人、そしてSFファンにはおなじみの単語である。
船舶のバウ(船首)やスターン(船尾)についていて、接岸時等に船に横向きの機動を行わせる装置を「サイドスラスター」という。電気モーター駆動のものが多い。
また、人工衛星や惑星探査機の小さい軌道修正、及び姿勢の制御を行うための装置を単に「スラスター」という。これには小型のロケットエンジンが用いられる。その多くはヒドラジンなどを燃料とした化学ロケットか、イオンロケットである。
なお、かの「はやぶさ」シリーズに主推進機関として採用されているイオンエンジンもスラスターと呼ばれる場合がある。
さらにはスペースシャトル宇宙飛行士のEVA(船外活動)時の移動手段として、「人間用スラスター」なるものが使用されたことがある。これは飛行士が背負うMMU(有人機動ユニット)から窒素ガスを噴射するもので、宇宙船に命綱で拘束されることなく自由に作業を行えるとの触れ込みで活用が期待されたが、実際に使ってみると思ったほどの利便性はなく、また安全性への懸念も指摘されたため、現在は廃止状態である。
一方、SFの世界では宇宙船、または宇宙で戦うロボットの姿勢制御や推進に使う装置をスラスターと呼ぶことがあり、そちらの世界のマニアにとっては常識的な術語になっている。
スラスターは「thruster」と綴る。
いうまでもなく、「thrust(動詞としては強く押す、突き込む、刺す、押し通るといった意。名詞としては推進、押し付け、強行突破といった意)」の派生語である。
航空機の世界ではこの「thrust」を「エンジン推力」の意味で遣う。
コクピットにある推力調整レバーは「スラストレバー」、エンジンについている所謂「逆噴射装置」は「スラスト・リバーサー」というのが正式名称である。
▲ 着陸後、スラスト・リバーサーを開いて減速するボーイング171217PUREJ-8F
https://www.youtube.com/watch?v=xG7YMRmujIYより
そう、「thrust」は日本のカタカナでは通常「スラスト」と表記されているのである。一般教育で習うかどうかは微妙なところだが、分野によっては頻用される、特に珍しくもないテクニカル・タームであり、出版物における主導的表記も完全に定まっている。
それが何故か、プロレスの世界でだけ「トラース」と表記され、メディアで標準化してしまっているのである。これは全く奇妙なことだ。
確かに「thrust」の発音を何度か繰り返してみると「トラーストゥ」、あるいは最後の「t」がほぼ無音化して「トラース」とも聞こえる場合があるので、日本語への転写が「トラース」であっても、まあ不思議ではない。
要はゲーリー・ハート命名の「Thrust Kick」を初めて聞いた人が聞いたまま素直に「トラース・キック」と表記してしまった(下手人は全日の人か、日テレの人か?)新技を、みんなが大した疑問もなくそのまま受け入れたということなのであろう。それはその辺りに関与した人間には一人として「スラスト」という術語を知る者がいなかった、という哀しい事実をも示唆している。
無知自体は責められない。
しかしながら、総員無知というのはやはり嘆かわしいことである。
ところが、こうしたことは残念ながら、「スラスト」に限ったことではないようなのだ。
▼Gacharic Spin – Making of the 赤裸ライアー MV グレート・カブキ出演!