[ファイトクラブ]プロレスと『ウルトラマン』の切っても切れない?奇妙な関係

本郵便東北支社が今年販売したオリジナル フレーム切手「須賀川市×ウルトラセブン50th」
(日本郵便株式会社プレスリリースより)

[週刊ファイト11月23日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼プロレスと『ウルトラマン』の切っても切れない?奇妙な関係
 by 立嶋 博
・『ウルトラ』の名付け親?はプロレス実況の祖だった!
・リングに上がった”ギミック・ウルトラマン”たち!
・その1:メキシコの”ウルトラマン”と幻の”ウルトラセブン”!
・その2:高杉正彦の”ウルトラセブン”!
・まだまだいるぞ!「ウルトラ」らしき妖しき者ども
・あのレジェンドに関する疑問!もしかしてあれも「ウルトラ」なの?


 今年(2017年)、昭和を代表する傑作特撮テレビ映画『ウルトラセブン』が放映開始50周年を迎えた。
そのために様々なイベントや記念グッズの販売、当時の役者陣の露出、CS『ファミリー劇場』による全国再放送など、各所で盛んに仕掛けが行われている。
 昨年は同様に『ウルトラマン』の50周年関連イベントも行われ、こちらも盛況であった。

 恐らく、地方や海外を含むテレビ各局におけるシリーズ再放送回数において、『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』は他ドラマを圧しているだろうが、残念ながら正確にカウントしたという話は聞かない。
 とはいえ、これほど長く愛され続ける特撮番組が世界に類を見ないのは確かである。『ウルトラQ』を端緒とするテレビ作品だけでも30作品を超えた。このことは「最も派生テレビシリーズが作られたテレビ番組」としてギネス世界記録に認定されている。ウルトラマンたちは、大半の世代の日本人の脳髄に刷り込まれた絶対的かつ普遍的ヒーローなのである。

 近年のシリーズ作品では、その完璧なベビーフェイスぶりに時代が飽き足らなくなったと見えてヒールのウルトラマンも数多く登場しているが、それでも子供たちにとって天下のヒーローであることに変わりはないようで、善玉と同じように親しまれている。
 また、ゼットンやゴモラ、バルタン星人のような強力な敵怪獣の人気がヒーローのそれを凌ぐ、という現象も特に珍しいことではない。

 思えばウルトラシリーズには、ヒーローや防衛チームの所業が必ずしも「正義」のそれではないように思える深刻な筋立ての作品がしばしば登場する。そしてそのような逆説的なストーリー構造を持つ作品群は多くが「傑作」と評され、後世に語り継がれている。みんな、そういうひねくれたドラマが大好きなのだ。
 そうした作品においては、いつもなら知性や理性が感じ取れない、単に暴虐な存在でしかないはずの怪獣たちが突如として感情移入可能な存在へと変化し、その回に限って俄かに怪獣と共に「正義」との対峙を強いられる子供たちの心に葛藤と悲哀、そして世の軛から解き放たれるカタルシスを喚起する。

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 このことは日本人のプロレスに対する感性にも通底する。
 いつだって見事にヒールであったスタン・ハンセンのファイトが、多くの日本人の神経系に一種の快楽物質として作用するようになったのはいつの頃からだろう。私たちはいつの間にか、猪木や馬場や小橋を蹂躙するウエスタン・ラリアートの猛威を積極的に待望するようになっていた。
 現在でも折に触れて開かれる来日イベントでのハンセンが老いてなお、抜群の集客力を誇っているのを見れば、日頃は何かしらの社会的抑圧に耐え、「正義」や「誠実」のペルソナを被って生きることを強いられているがゆえに、識域下では常にその解放と昇華を望んでいる日本人の複雑な情緒を自覚せずにはいられない。

 やり方はどうあれ凄ければそれで良し、小橋にもハンセンにも同じように熱狂し共感し、声援も罵声も送る。村松友視が言うところの「悪役でも善玉でもない『凄玉』」への限りない憧憬である。
 それは西洋風ロマン・ピカレスク(悪漢小説)に登場する「アンチ・ヒーロー」のドラマツルギーを支えるものとは微妙に異なる心情である。

 『ウルトラ』の名付け親?はプロレス実況の祖だった!
(C)円谷プロ

 考えてみるとウルトラシリーズとプロレス界の縁は結構深い。
 それはつらつら述べたような情緒的・思想的な側面におけるよりも、むしろより直截な部分において際立っているかもしれない。

 たとえば、昔の『ウルトラマン』の撮影現場では、ウルトラマンと怪獣の格闘シーンのことを「プロレス」と呼んでいた。
 これはジャリ番(子供向け番組の蔑称)スタッフとしての自嘲でもあったが、考えてみれば立ち技、特にチョップや体当たり、首投げや抱え投げを主体とする初代ウルトラマンの戦法は確かに力道山流のプロレスや相撲の型そのものだから、これはなかなかの修辞とも言える。
 実際、後年のシリーズでトランポリンアクションや専門の殺陣がつくまでの怪獣格闘シーンの段取りは、概ね当時のプロレスの動きを真似てつけられていたのではないかと思われる。

 円谷プロが初めて連続テレビドラマに挑戦した『ウルトラQ』の初回放送がTBSで始まったのは1966年(制作自体は1964年から開始されていた。『ゴジラ』シリーズで知られる手練れの円谷英二監督が指揮に当たるとはいえ、予算も手間もかかる本格的特撮ドラマを毎週やる、ということは当時としては画期的なことであり、制作はごく丁寧に進められた)。放送時間帯は日曜19時からの30分。それまで大瀬康一主演の連続時代劇『隠密剣士』シリーズが放送されてきた『タケダ・アワー』(武田薬品工業の一社提供枠)であった。

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