[週刊ファイト11月2日号]収録 [ファイトクラブ]公開中
▼ケン・片谷『メシとワセダと時々プロレス』⑯ 潜入!昼のヤマモ酒
・ジャパン女子販売部署~ジミー鈴木のDSW~元内外タイムス山内さん
・北海道のHプロレス衝撃の実録!~ヤマモ秘蔵のビデオコーナー
プロレスはもちろん、格闘技のリングアナウンサーや各種イベントでご活躍の、“ヤマモ”こと山本雅俊さん。その山本さんが、不定期に開催している『昼のヤマモ酒』。
読んで字のごとく、昼間っから思い切り酒を飲んでトークしちゃいましょう! というイベントなのですが、その中身が濃い(笑)。
今年、プロレス業界デビュー30周年を迎えた山本さんが、そのキャリアの中で出会った愉快な仲間を集め、台本も進行もなくとにかく楽しく語り合うというのがコンセプトなのですが、週末でも夜でもなく平日の真っ昼間に行うというのがミソ!
まともな人は真面目に働いているこの時間に、わざわざ集まってくる連中はろくでもない…いやいや失礼、かなりの強者であることは間違いありません。
さて、ここでオイラと山本さんの関係についてお話しておきましょう。
業界では“ヤマモ”の愛称で知られる山本さんですが、オイラが気軽に『ヤマモさん』と呼べないのには理由があります。
オイラにとって山本さんは、恩師でありプロレスの世界に入るきっかけになった方と言っても過言ではありません。
というのも、オイラが最初の大学生の頃、アルバイトとしてジャパン女子プロレスにお世話になったことがありました。その時の直属の上司が山本さんだったのです。あれは確か1989年の暮れでしたから、かれこれ28年も前のことになります。以来、様々な状況下においても、いつも山本さんはオイラのことを気に掛けてくださっているのです。
ジャパン女子では、オイラは主にグッズ販売の部署にいました。事務所で通販の発送を行うだけでなく、巡業に付いていって売店に立つこともありました。
当時のジャパン女子は、キューティー鈴木人気に火がつき、全女に追い付け追い越せの非常に活気のある時期でした。グッズも飛ぶように売れ、毎日とても忙しかったことを覚えています。
さて、話を“昼のヤマモ酒”に戻しましょう。
実は、オイラは今回が昼のヤマモ酒初参戦なのです。これまで何度もチャンスはあったのですが、なんだかんだで予定が合わず参加が見送りになっていました。
満を持して参加した昼のヤマモ酒。そこは噂通り(?)の空間でした!
台風一過の東京。中野駅を降りて5分ほど歩いたところにその会場はありました。
案内には『クリーニング屋さんの横の階段を上がる』とあります。想像以上に細くて暗い階段。『本当にここでよいのだろうか?』不安に刈られながらも、3階まで上ったところに確かに人影がありました!
恐る恐る扉を開けると、『おっ! 片谷くんどうも!』いつもの山本さんの声です。外からの明かりが差し込んで入るものの、電気もつけずに薄暗い空間に山本さんをはじめ既に4人の男性の姿がありました。
テーブルには、それぞれのお酒と各々が持ち寄ったとみられるつまみが並んでいます。
『う~む、これが噂の昼のヤマモ酒か? さながら“虎の穴”ならぬ“ヤマモの穴”だな!』などと妄想していると、『片谷くん、座りなよ!』という山本さんの一声でふっと我に返りました。
『いやぁ~、勝手がわからずボーッとしてしまいました。』と言うと、
『大丈夫。勝手なんて、みんなわかってないから。そんなことよりさぁさぁ、乾杯しよう!』
レジ袋から、オイラが自分で買ってきたビールを取り出し、まずは乾杯です。
メンバーは、古くからのファンやお馴染みさん、中には山本さんと初対面の方もいるようです。
FacebookやTwitterでオープンで募集しているだけあって、参加者もいろいろです。
程なくして、プロレス界のレジェンドカメラマン、山内猛さんが現れました!
役者はそろいました。さぁ、マニアックなトークの始まりです!
お酒の力を借りているせいか、㊙トークが次々飛び交います。
初めは、先日行われたジミー鈴木さん主宰の「DSW」興行の話題。
大会前、山本さんのところにジミーさんから直々に電話があったそうです。
ジミーさんは、DSWに賭ける熱い思いを山本さんに語っていたそうですが、その度に山本さんは『(興行なんて)やめたほうが良いですよ! やめたほうが良いですよ!』と、呪文のように唱えていたそうです(笑)。
実は、オイラのところにもDSWからオファーがありました! 「ロイヤルランブルに出てくれないか?」という誘いでしたが、その殺し文句がスゴいのです!
『ギャラは安いのですが、アニマル(ウォリアー)に吹っ飛ばされるというオイシイ役どころです! いかがですか?』
こんなオファーは初めてです(笑)!
もちろん興味はあったのですが、残念ながら日程が合わず、このお話は幻となりました。
続いて、元「内外タイムス」の山内さんの貴重なお話。
内外タイムス時代はプロレスだけでなく、北朝鮮拉致被害者が帰国した際に羽田空港にいたり、ロス疑惑の三浦和義逮捕の現場にも居合わせていたそうです。
臨場感あふれる生々しいお話ですから、皆さん食い入るように聞いていました。
さらには、第1回IWGP優勝戦の「猪木VSホーガン」戦、いわゆる「猪木さんベロ出し事件」の時もリングサイドにいらしたそう。
その時の写真は、個人で大切に保管されていたらしく『内外タイムスが倒産したおかげで、あの時の写真が自由に使えるんだよ! 色々なところで使わせてもらったなぁ。ガッハッハ!』と、山内さん。
その表情を見る限り、相当お稼ぎになったご様子でした(笑)。
次に白羽の矢が立ったのはオイラです。
山本さん『片谷くん、北海道のHプロレスって知ってる?』
オイラ『もちろんです! 旗揚げからずっと上がってましたよ。』
山『廊下で寝泊まりするってホント?』
オ『屋根のある廊下ならまだ良い方ですよ! 星空を見ながら、リングのマットの上で寝たこともあります。』
一同『え~!? 本当?』
さらにオイラが続けます。