WWEへ対抗?TNA殿堂式典10・13 殿堂入り第一号“アイコン”スティング 紹介人は盟友レックス・ルガー


(C)TNA
 一週間後10月14日(アメリカ現地時間)にWWEに次ぐ全米第二のメジャー団体TNAの年間最大PPV大会『Bound For Glory』がアリゾナ州フェニックスで開催されるが、その前日13日(アメリカ現地時間)にTNA初となるTNA殿堂式典が開催される。
 最初の殿堂入りは、すでに6月に発表されているが、プロレス史に残る大物にして現在も現役選手としてTNAマットの中心で活躍している“アイコン”スティングが選ばれている。スティングは、日本ではグレート・ムタ(武藤敬司)最大のライバルという認識だが、アメリカで一大プロレスブームを巻き起こしたWCWとWWF(現WWE)90年代月曜TV戦争の主役として絶大な知名度を誇っている。また、この時期のスーパースターのほとんどがWCWとWWFの間で移籍を繰り返しており、WCW崩壊後はWWFへ移籍していたのだが、スティングだけは一度もWWF(現WWE)と契約した事がない為、それが逆にカリスマ性を高めており、2011年にWWEと契約したという噂が流れると、プロレスマスコミ以外の一般誌も大きく報じた程だ(契約交渉はあったものの合意せず)。今までWWFと契約しなかった大きな理由はWCWの象徴的な存在であった為、破格の契約を受けていた事と、破天荒な行動を起こす90年代のプロレスラーの中で、ケインと共にプロレス界では珍しい常識人である為、金銭的に不自由していない事と言われる。(90年代のトップ選手の多くは、女性・離婚問題や、アルコール薬物問題など私生活で問題を抱え、金銭的に困窮するケースが多い。リック・フレアーなど4度も離婚している)ちなみにWWEのHPには、歴史的名レスラーのコーナーにスティングのページが存在する。
 そして、その殿堂式典で、ステンィグの紹介人(インダクター)は、私生活でもスティングの親友であるレックス・ルガーになる事も発表されている。ルガーもスティングと同じく90年代の北米マットを代表するスーパースターで、2006年に引退しており、現在は自伝の執筆をしながらWWEの薬物セミナーなどを手伝っている。WWFからWCWへ出戻りする時、WCW側はルガーとの再契約に難色を示していたが、スティングが強く推薦した事によってWCW復帰が決定したと言われている。
 元々、この紹介人(インダクター)は、現在WWE所属であるクリスチャンになる予定(本来、WWE所属選手がライバル団体であるTNAに登場する事はあり得ないのだが、今年のWWE殿堂式典に当時TNAと契約していたリック・フレアーを出席させるバーターとして、特別に許可され6月の殿堂発表の折、TNA番組に登場している)であったが、よりスティングと繋がりの深いルガーに変更になった様だ。
 WWE殿堂も、1993年にアンドレ・ザ・ジャイアントが亡くなった事を受けて、その功績を讃える為に発足したのが始まりであり、世界最大のプロレス団体WWEだから権威があるが、第三者機関が行っているものではない。アントニオ猪木も、日本版プロレス殿堂を設立し、まず力道山を最初の殿堂にという計画を語っていた。日本より先にTNAが殿堂をスタートさせてしまったが、日本マット界にもそうした制度が求められている。
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マット界の90年代とは、まさに20世紀の生誕とともに産声をあげたプロレス芸術がビジネスとして完成をみた十年区切りと言える。どこかいかがわしい「アンダーワールド」のイメージがつきまとっていたプロレス興行であったが、WWFがウォール街から総資産でビリオン・ダラー企業(1200億円)だと正式に認定された株式公開の意義は何度強調しても足りない。プロレス団体がエンタテインメント産業として、事実上の市民権を得たことの証左となった。