「ちょっと一息ブレークタイム」昭和プロレス望郷の旅 byプロレス美術館:アニマル浜口編

国際プロレス時代のアニマル浜口は決してスターレスラーと呼べる逸材ではなかった。いわゆる1中堅レスラーとして役割分担を忠実にこなす誠実人間だった。また義理人情に厚いのも有名だった。そんな浜口が全国的な知名度を有するスタータレントの仲間入りを果たすとは誰も思ってもいなかったはず。
だが今もアニマル浜口自身に商品価値があるわけではない。娘京子に便乗して初めて生きるセット商品である。元来、目立ちたがり屋だった父が、プロレスラーとして開花せず、人生の起死回生として、娘を踏み台にして世に出たという見方もできなくもない。
今回紹介する東京スポーツ新聞社主催の「昭和55年度プロレス大賞」の敢闘賞部門表彰盾はその浜口選手が国際プロレスにおける中堅レスラーとしての最大の勲章に思えてならない。これは皮肉ではなく、本当に貴重な証のはずである。
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だがこの盾は今、浅草の料亭 香寿美やアニマル浜口トレーニングジムではなく、京都のプロレス美術館に展示され、人気アイテムなっている。現在全国区の知名度を得た浜口氏にとって、もう国際プロレス時代の思い出は消え去ってしまったのだろうか。
この国際プロレス時代を「ホップ」、長州力の参謀として活躍した新日本プロレスでの維新軍結成時代を「ステップ」、そして娘京子と組み、本当の世界最強タッグ結成を「ジャンプ」と考えると、このようなアイテム(盾)は永久保存品とはならなかったのだろうか。実際に浜口氏に質問してみたい心境である。
ボクはいつでも無償で浜口家に返還する心の準備はできているいるのだが。
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ここであるプロレスファンのお笑い芸人がテレビで語ったが、OAされなかったコメントを紹介してみよう。
「ボクは大のプロレスファンだが、プロレスはエンタテインメントなのでチャンピオンベルトや勝利者賞は『競技を前提として勝敗を争った結果』の賜物ではない。したがってベルト自体に価値があるとは思えないね。でもプロレスの栄冠でも、年間MVPレベルになるとかなり意味合いが違ってくると思うのだが・・・。」
つまり浜口氏の敢闘賞は1年間を通じての功績をたたえられたもので、ワンマッチに対する勝利者賞ではない。よって盾自体にも価値が詰まっているような気がしてならない。