プロレスとの出会いですか。
ガキの頃、初代タイガーマスクの試合を観たことです。興奮と感動でその晩は眠れませんでした。
で、誓ったんです。自分は二代目のタイガーマスクになってやるって。
中学の時は野球部に入ったんですが、野球より、マットを引っ張り出して来てプロレスごっこするのに夢中でした。ええ、顧問の先生にはあきれられましたよ(笑)。
ワシのプロレスの出発点は1991年にユニバーサル・プロレスに入門したこととされてるけど、実際はその2年前に上京してパイオニア戦志に入ってるんです。でも、剛(竜馬)さんとほとんど一緒に練習した覚えはないです。一年先輩に金村キンタローさんがいました。この先輩の忠告に従って、しばらくしてから夜逃げしちゃったんですが(笑)。
それから、後楽園ホールで浅井嘉浩さんのラ・ケブラータを見てユニバーサルに入門する決心をしたんです。本格的にトレーニングを積んで、デビューも決まりました。リングネームはダイナ・クーガー、新間寿恒さんが名づけてくれました。でも、残念ながらケガでリングには立てなかった。幻のデビュー戦になりました。
それから4年程ブランクがあります。その間、個人的にジムでトレーニングしてたんですが、そこで知り合った人から谷津嘉章さんを紹介していただいたのが縁になりSPWFに入団しました。谷津さんとは今も親しくさせていただいてますが、道場で一番手ほどきをしていただいたのは寺西(勇)さん。本当にお世話になった大先輩です。
ユニバーサルで練習していたのもあってか入団してすぐに試合も組まれ、1995年10月にはアジアン・クーガーとしてデビュー出来ました。新間さんが付けてくれたクーガーという名が気に入ってたんで・・・。
退団したのは1997年の2月です。理由は、フリーになって他団体の選手とも闘ってみたくなったから。

1999年7月10日旭川市総合体育館の『掣圏道』の旗揚げで、ついに憧れの初代タイガー佐山聡さんと闘うことになりました。
「嘘やろ?! マジか?!」
と思いましたね。
それからも、佐山さんとは何度か闘っています。ワシがヒールの役どころでした。
佐山さんからは、
「空牙はダイナマイト・キッドとブラック・タイガーと小林邦昭を合わせたようなレスラーだ」
と、最大級の誉め言葉をいただきました。デビュー4年で佐山さんと闘ったことは自分にとって貴重な財産とプロレスラーとしての誇りになったと思ってます。
インタビュー中
道頓堀プロレスを立ち上げるまで、フリーの時代はあらゆる団体のリングに上がりましたね。
カナダやアメリカに遠征したこともあります。バンクーバーからサンフランシスコに向かう途中で車が壊れて、ヒッチハイクでなんとか試合時間ギリギリに会場にたどり着いたなんてこともありましたっけ(笑)。
海外と言えば、阪神ファン同志ということで仲良くなった石井智宏の仲介で、サイパンでやった長州(力)さんの三十周年興行に参加したのも懐かしい思い出です。
そう言えば、IWAジャパンに河童小僧っていうレスラーがいたのを覚えてますか。あれ、実は……(よく聞き取れず)……
アイツ、今何してるのかメチャ気になります。今年、自分のデビュー30周年パーティやるので、是非呼びたいと思ってますけど(笑)。
ワシはね、誰かに物真似されるレスラーになれとよく後輩に言ってるんです。「空牙さんの技、使わせて貰っていいですか?」なんてたまに言われると嬉しいです。
「おお、どんどんやってくれ」と。復帰したら、本家のワシが違いを見せつけてやりますよ(笑)。
自分にとっての理想のレスラーですか?
まず、もちろん初代タイガーの佐山さんとダイナマイト・キッド。それからサブゥー。この三人ですね。
サブゥーの試合を初めて見た時、彼の体当たりでぶつかって行くスタイルには衝撃を受けました。
ただ、(タイガー)戸口さんから言われた、
「いいか、プロレスラーは相手にケガさせちゃいけないし、自分もケガをしてはいけないんだ」
という言葉も凄く胸に刺ささってます。まして、その時、ワシはケガで欠場中でしたから。
チェアー・アトミコ・・・
今の自分の状態ですか?
最初から言うと、2021年9月の試合で脊髄をやりました。チェアー・アトミコで場外に頭から突っ込んじゃったんです。しばらくは試合を続けてたんですが、甲子園を見に行く為に泊まった神戸のホテルで下半身がうごかなくなって病院へ行きました。
手術の麻酔から覚めても、腰から下の感覚がないんです。まず足の指を動かすところからリハビリを初めて、八ヶ月後にはなんとか松葉杖で歩けるようになり退院しました。それからは復帰に向けてのリハビリとトレーニングです。
やっと、リングに立てたのは2024年9月。一分間のエキシビジョン・マッチでしたけど、本当に嬉しかった。翌2025年9月には三分間のエキシビション。2026年には五分以上の試合を目標にしてたんですが・・・。

今年1月の初めに目を覚ますと、何故かものが二重に見える。次の日には、しゃべる時ろれつが回らなくなった。これはヤバいと思い病院に直行して医者に診て貰ったけど、脳には異常が見られないというんです。
昨年末の奄美大島大会に同行した時に風邪を引いたんですが、それがきっかけで免疫異常の病気ギランバレー症候群を発症したとの診断でした。三ヶ月入院したんですが、いまだに良くなったり元に戻ったりの繰り返しで、現在も通院リハビリを続けています。
トレーニングで体を追い込みたいんですが、リハビリ・スタッフからは「まだ、そんな段階ではない」と釘を刺されてるんで(泣)。
今年の9月に道頓堀プロレスの十三周年興行を予定してるんですが、その時復帰することを目標にしてリハビリを続けてるとこです。

自分がこの難病と闘ってる姿が、同じような病に苦しんでる皆さんの励みになればと思っています。
それに、後輩レスラーやスタッフ達が、毎月『空牙AID』という大会を開催して応援してくれてるんです。中には「お世話になった空牙さんの為に」とノーギャラで手伝ってくれるレスラーもいて涙が出そうになるくらい。
そんな暖かい仲間や応援してくださるファンの皆さんに応えて、ケガと病気の前の身体を取り戻しリングに上がることが自分の希望です。
ワシから読者に伝えたいことですか?
“Believe again”
「もう一度、己の身体を信じねえと何も始まんねえや!」
聞き手:みぶ真也(俳優)
イケメン空牙
追記
筆者(みぶ)がある女性から聞いたエピソード。
「スナックで飲んでたら、イケメンの男性が入って来てプロレスのポスターを貼って行ったの。後でマスターに“さっきの人、プロレス関係者?”と訊くと“あれ道頓堀プロレスの空牙さんですよ”だって。あんなにイケメンならマスクしなくていいのに」
この話をすると空牙から、
「それ絶対書いてください。特に“イケメン”を強調して」
との希望があったので追記しときます。

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’26年07月02日SukWankingthong 道頓堀プロレス空牙 仙女マリゴSTARDOM ジョン・シナ