[ファイトクラブ]戦闘竜を悼む:相撲から格闘技へ 覚悟の挑戦史

[週刊ファイト02月12日]期間 [ファイトクラブ]公開中

▼戦闘竜を悼む:相撲から格闘技へ 覚悟の挑戦史
 編集部編
・戦闘竜追悼:異色の挑戦者が残した闘いの足跡
・「相撲は強いんだよ!」戦闘竜の名言が今も響く―ファン悲しみ
・米国出身力士としての誇りと闘志 戦闘竜の相撲人生
・相撲からPRIDEへ:戦闘竜が体現した“相撲の力”と56年の生涯


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戦闘竜追悼:異色の挑戦者が残した闘いの足跡

 2026年1月29日、戦闘竜がこの世を去った。享年56歳であった。

 相撲界から格闘技の世界へと身を投じ、常識や評価に縛られることなく、常に真正面から闘いに挑み続けた存在である。本稿では、その生涯と闘いの軌跡を振り返り、戦闘竜というレスラーが残した意味をあらためて考えてみたい。

 戦闘竜さん(本名ヘンリー・アームストロング・ミラー)が、2026年1月29日に東京都内の病院で56歳の生涯を終えたことが30日までに複数メディアの報道により明らかになった。戦闘竜さんは近年、肺の疾患や難病を抱えて闘病生活を送っていたが、容体が思わしくない状態が続き、この日旅立ったと伝えられている。戦闘竜さんは米国人の父と日本人の母との間に生まれ、幼少期は米軍基地のある立川で育ったという生立ちを持つ。

 戦闘竜さんは1988年の名古屋場所で初土俵を踏み、激しい突き押しを武器に精力的な相撲を見せた後、1994年の九州場所で新十両昇進の栄誉を勝ち取った。さらに2000年の名古屋場所で新入幕を果たし、幕内では通算3場所在位するという実績を残した。最高位は前頭12枚目であり、大相撲力士として十分に存在感を示した足跡として語られるべきものであった。同じ友綱部屋で兄弟子であった元大関魁皇の浅香山親方は、訃報を受けて「毎日のように稽古をして励まし合い、付け人にも付いてくれた。優勝パレードの旗手もしてくれた。兄弟のような間柄で、大事な仲間だった」と戦闘竜さんとの深い絆と別れの悲しみを語っている。

 相撲引退後の2003年限りで現役を退いた戦闘竜さんは、その後格闘家へと転身し、総合格闘技イベントPRIDEやK‑1といった舞台でも活躍した。総合格闘技デビュー戦ではジャイアント・シルバと拳を交え、のちにマル・ザ・ツイン・タイガー戦で1R KO勝利を収め、歓声を浴びたこともあった。試合後のマイクアピールでは「相撲は強いんだよ!」と自身が培った相撲魂を誇示して話題を呼んだことが記憶される。その後もHEATのヘビー級トーナメント決勝進出や、2010年3月の両国国技館での試合出場など、総合格闘技界でも多方面に挑戦を続けた。MMAの戦績は6勝16敗1NCながら、豪快なファイトスタイルと果敢な挑戦はファンの印象に強く残った。
 
 戦闘竜さんの死を受け、SNS上では彼の個性的なキャラクターや、相撲から総合格闘技へと挑戦したその姿勢に対し多くの追悼の声が寄せられている。とりわけ「相撲は強いんだよ!」という言葉が改めて注目され、彼が残した言霊として多くの格闘技ファンの記憶に刻まれているという報道も見られる。戦闘竜さんは相撲界と格闘技界双方において独自の足跡を刻み、その大胆不敵な闘志と挑戦する姿勢は後進やファンに強い印象を与え続けてきた存在であった。

 戦闘竜さんの突然の訃報は、関係者やファンに衝撃と深い悲しみをもたらしている。現役時代から引退後の格闘家としての挑戦、そしてその人柄まで、多くの人々の心の中に彼の勇敢な姿が鮮烈に刻まれ続けるであろう。

「相撲は強いんだよ!」戦闘竜の名言が今も響く―ファン悲しみ
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 戦闘竜は友綱部屋に所属し、1988年名古屋場所で初土俵を踏んだ。1994年には米国本土出身力士として初の関取となり、2000年には新入幕。最高位は前頭12枚目。突出した大型力士ではなかったが、鍛え抜かれた体と突き押しを武器に、土俵上では強烈な存在感を放っていた。若貴時代の中で、記憶に残る“名脇役”として語るファンも少なくない。

 2003年に現役を引退すると、戦闘竜は格闘技の世界へ転身する。PRIDEを主戦場に、相撲出身というバックボーンを前面に押し出しながら闘い、「相撲は強いんだよ!」というマイクパフォーマンスは、今なお語り草となっている。結果以上に、その言葉が象徴する“矜持”こそが、彼の存在価値だったと言えるだろう。

 訃報が伝えられた1月30日以降、X(旧Twitter)には追悼の声が相次いだ。「まだ若すぎる」「好きな力士だった」「あの筋肉に憧れた」といった惜別の言葉が多く、特に「相撲は強いんだよ!」という名言を思い出す投稿が目立った。PRIDEでの試合内容やマイクを振り返りながら、「あの一言が忘れられない」「相撲出身であることを誇り続けた人だった」と評価する声が広がっている。

 また、元力士の体への負担や短命さを嘆く声も少なくなかった。土俵と格闘技という、極限まで身体を酷使する世界を生き抜いた戦闘竜の人生が、改めて重く受け止められている。浅香山親方(元大関魁皇)が「兄弟のような存在だった」と語った言葉も多く引用され、角界での人間関係の深さを物語っていた。

 56歳という早すぎる別れではあるが、戦闘竜が残した足跡は明確だ。相撲から総合格闘技へと舞台を移しても、その根底にあったのは「相撲は強い」という信念である。その言葉とともに、戦闘竜の名は今後も語り継がれていくことになるだろう。

 心よりご冥福をお祈りしたい。

米国出身力士としての誇りと闘志 戦闘竜の相撲人生

 戦闘竜ことヘンリー・アームストロング・ミラーさんは、大相撲界において稀有な存在であった。アメリカ・ミズーリ州セントルイス出身でありながら、日本文化の粋ともいえる相撲に深く根を下ろし、己の身体と精神を武器に土俵の上で戦い続けた。その足跡はただの外国出身力士という枠に収まらず、誠実な努力と不屈の闘志によって、観る者に感動を与える存在であった。

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