プロレスとプロ野球では選手育成の共通点と相違点、どちらが多い!?

 今年のプロ野球(NPB)日本シリーズは、福岡ソフトバンク・ホークスが読売ジャイアンツ(巨人)を4勝0敗のストレートで破り、4年連続日本一に輝いた。しかも、ソフトバンクは巨人に対して2年連続で4タテしたのである。
 ここのところ、日本シリーズでも交流戦(今年はなかったが)でも、パシフィック・リーグがセントラル・リーグを寄せ付けず、両リーグの実力差が叫ばれるようになった。そのため、“球界の盟主”巨人が出場する日本シリーズも、2年連続で全く盛り上がらなかったのである。

 Jリーグはもっと悲惨で、川崎フロンターレがJ1優勝した日、ちょうどソフトバンクが日本一を決めたので、全然と言っていいほど話題にならなかった。全国ネットの地上波中継もなく、しかもこの日にディエゴ・マラドーナの訃報が伝えられたので、サッカー界のビッグ・ニュースは完全にマラドーナ一色となったのだ。

 翻ってマット界はどうだろうか。コロナ禍が関係しているのかどうか、プロレス界も格闘技界も、世間的には話題にならない。11月21日に大阪城ホールで行われたRIZIN.25も、地上波中継はなかった。大晦日のRIZINには新庄剛志や藤川球児にオファーを出すと言っているのが唯一、一般人が注目していることだが、野球人気に頼らなければならないのが現状である。


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▼藤川球児が登場したRIZIN.25に全集中! 大会レポート第2弾

[ファイトクラブ]藤川球児が登場したRIZIN.25に全集中! 大会レポート第2弾

数字で年俸が決まるプロ野球選手と、数字では決めにくいレスラー

 NPBでリーグ優勝が決まり、日本シリーズが開催される頃、ドラフト会議も行われ非常に華やいだ雰囲気になるが、その反面、寂しいニュースが多く流れるのもこの時期だ。『戦力外通告』という5文字が新聞を賑わせ、引退を決める選手、現役への未練が断ち切れず他球団との交渉やトライアウトを受ける選手など、プロ野球の厳しい現実が目に入る。

 現在、NPBにおける支配下登録選手は1球団70名。簡単に言えば、ドラフトで新人が10人入団すると、10人は球団を去ることになるのだ。ドラフト指名され、晴れてプロ野球選手となった時、新人選手は誰もが笑顔で真新しいユニフォームに袖を通すが、戦力外通告を受けた選手も数年前は間違いなく同じような表情でプロ入りしていたのである。
 育成枠扱いとなる選手もいるが、年俸は格段にダウンし、しかも出場選手登録されることはない。つまり、育成選手では一軍の試合には出場できないのである。

▼阪神タイガースの新人合同自主トレ。この中から一軍に這い上がれるのはほんの一握り

 プロレスラーは、プロ野球選手ほどの高い年俸は望めず、またNPBのように最低年俸保障もない。経営が比較的安定しているのは新日本プロレスぐらいで、他の団体はいつ崩壊してもおかしくない状態だ。いや新日だって、大企業を親会社に持つNPB球団ほど安泰ではない。
 しかし、選手間の競争はプロ野球の方が厳しいと言えるだろう。野球は記録のスポーツであり、残酷なほど成績が全て数字に現れるから、チームが優勝しても個人成績が悪ければ年俸はダウン、場合によってはクビとなる。現在では勝ち星や打率だけではなく、セイバーメトリクスなどを活用してかなり細かく査定するから、本当にチームに貢献している選手が評価されるのだ。もちろん、試合に出場できなければ減俸、あるいは戦力外になるのは言うまでもない。

 投手を除くレギュラー枠は、セ・リーグで8つ、パ・リーグはDHを含めて9つ。投手では、先発が6人、セットアッパーが2人、クローザーが1人として計9人。つまり、投手と野手の合計約18人がレギュラーで、それ以外の選手は控えだ。レギュラーと控えの年俸差は著しく激しい。
 出場選手登録(一軍枠)は29人なので、約10人は控えとなるわけだが、この10人は結果を出さないとすぐ二軍に落とされる。もちろん、レギュラー選手も安泰というわけではない。

 支配下選手の70名、いや育成選手も含めると、球団によって違うが約90名が18人分のレギュラーを目指すという、僅か1/5の狭き門だ。育成選手も、シーズン中に支配下選手となって一軍昇格の可能性もある。そうなれば、他の二軍選手のチャンスはますます少なくなるのだ。
 しかも、この約90名はアマチュア時代、チームの中心だった選手ばかりである。

 プロレスの場合、数字が個人記録として現れにくい。他の格闘技なら勝敗で優劣をつけることができるが、プロレスはショー・ビジネスだからそういうわけにはいかないのだ。
 藤原喜明は新日本プロレス時代、契約更改の場で「キミ程度ならこのぐらいの給料でいいだろう」とフロントに言われ、頭にきて新日を飛び出し、UWFに参加した。藤原は会社の方針でジョブ(負け役)をやっただけなのに、命令に従うとギャラが上がらないという不条理さに嫌気がさしたのだ。つまり、プロレス団体はジョブをキチンと評価するシステムを作る必要がある。

▼負け役のためギャラを安く抑えられたので、新日本プロレスを辞めた藤原喜明

エースになれないと独立してしまうプロレスラー

 たとえジョブのギャランティーが上がっても、それで解決するわけではない。プロレスラーの場合、誰もがスターを夢見てプロレス団体の門を叩く。スターになるためには、団体のエースになる必要がある。しかし、いつまで経ってもジョブのままでは、その目標は達成できない。

 プロ野球選手の場合は、もちろんエースや四番打者を目指すが、多くの選手にとっては叶わぬ夢なのでまずは一軍定着、そしてレギュラー獲りを狙う。しかし、それも容易ではない。
 出番がない場合、この球団は自分を使ってくれないので、辞めて他球団に移籍しようとしても、それは無理な話だ。そのケースでは任意引退選手という扱いになって、他球団へ移籍するためには前所属球団の許可が必要になる。
 もし、移籍を希望するなら球団にトレードを直訴するしかないが、それとて自分を欲しがる球団があればこそ。どの球団からもいらないと言われれば、球界を去らなければならない。

 ところがプロレスラーの場合、所属団体に不満があって団体を飛び出しても、プロレスを続けることは可能なのだ。早い話、独立すればいいのである。プロ野球だとライバルとのレギュラー争いに勝たなければならないが、プロレスラーはライバルとの競争に負ければ独立すればいい。
 かつては大仁田厚や前田日明が、たった1人で新団体を旗揚げした。プロレス界では、それが可能なのだ。もちろん、資金繰りは大変だが、それでも不可能ではない。

 プロ野球では、例えば新庄がプロ野球選手復帰を目指して新球団を結成しようとしても、それは夢物語だ。NPB参入には、あまりにも高いハードルが存在するからである。
 独立リーグなら参入も不可能ではないかも知れないが、それだってかなりの豊富な資金が要る。スポンサーは必要だし、数多くの選手を集めて彼らに給料を払わなければならない。
 新庄ほどの知名度と実績がある選手でも、48歳からのNPB再挑戦となるとトライアウトに合格する必要がある。合格の可能性も、本人曰く「1%ぐらい」だから、限りなく不可能に近い。

 かつてのプロレス界も、団体から去る時はほとんど場合、引退を意味していた。力道山がいた頃の団体は事実上、日本プロレスだけだったし、ジャイアント馬場やアントニオ猪木の時代になっても、男子プロレスは全日本プロレス、新日本プロレス、国際プロレスの3団体のみ。力道山、馬場、猪木という絶対的エースがいたからこそ、他のレスラーは負け役、引き立て役でも甘んじて受け入れていた。この3人の実力は、誰もが認めざるを得なかったのである。
 しかし、馬場や猪木が一線を退くと、誰でもエースになれる時代となった。そして、プロレスラーたちがエースを目指して、インディー団体が乱立するようになったのである。

 そうなった原因として、プロレスラーを志す者はみな我が強い、という点が挙げられるだろう。つまり、「俺が、俺が」という気質の者ばかりということだ。
 プロ野球選手の場合、アマチュアでは絶対的エース、長距離打者でも、プロの高いレベルでは通用せず、ワンポイント・リリーフやバントの巧い打者に変身する。プロで生き残るためには、そうせざるを得ないのだ。ところがレスラーの場合、脇役として生き残ることを嫌い、あくまでも団体のエースになることに固執する選手が多い。タイの尻尾よりイワシの頭、というわけだ。

▼日本プロレス以外の団体を一掃し、日本マット界の一本化に成功した力道山

 アントニオ猪木は参議院議員になった時、元プロ野球選手の江本孟紀をスポーツ平和党に迎え入れた。猪木による江本評は「野球という団体競技出身とあって、チームワークを大切にする」。
 この猪木発言を聞いて、驚かない野球ファンはいないだろう。江本は『球界の問題児』と呼ばれ、監督にはことごとく反抗した男。法政大学時代、江本はアマチュア野球界の重鎮である松永怜一監督に造反、退部状態となった。監督が絶対的権力を持っていた当時の大学野球で、大学生に過ぎなかった江本が反旗を翻したのである(現在は「当時はお互いに誤解があった」と和解)。

 江本がプロ入りすると、南海ホークス(現:福岡ソフトバンク・ホークス)の選手兼監督だった野村克也からは『球界の三悪人の1人』と呼ばれた(あとの2人は江夏豊と門田博光)。江本が本当の悪人というわけではなく、監督の言うことを聞かない選手、という意味である。
 阪神タイガース時代は、折り合いの悪かった中西太監督のことを「ベンチがアホやから選手は野球がでけへん」と批判し、シーズン途中で任意引退を余儀なくされた。

 そんな江本でも、数多くのプロレスラーと接してきた猪木の目から見れば、大袈裟に言うと『和を尊ぶ聖徳太子のような男』になってしまうのである。

▼『球界の三悪人の1人』の江本孟紀も、アントニオ猪木から見れば『和を尊ぶ男』

 野球界にも前述のように独立リーグがあるが、こちらはNPBと反目しているわけではなく、むしろNPBに人材を送り込むことを目的としている。昨今の不況により社会人野球チームが減少しており、高校や大学を卒業した選手の受け皿となって、NPBを目指す環境として独立リーグが発足されたわけだ。
 そのため、指導者もNPB出身者が多く、NPBに選手を送り出した球団はそれがステータスとなり、所属選手がNPBにドラフト入団するとNPB球団から独立球団に移籍料が支払われる。

 それに比べると、プロレス界のインディー団体乱立は、いかにも無秩序状態という感じだ。団体間のルールも確立しておらず、協力関係にあった団体同士が利益の奪い合いを始めて、絶縁状態になったりする。プロレス界そのものが一枚岩ではないからだろう。

どこか似ている!? 巨人と新日本プロレス

 今回の日本シリーズではソフトバンクの強さばかりが目立ったが、その秘密は選手育成の上手さにあるだろう。侍ジャパンのエースで日本シリーズ第1戦の先発を任された千賀滉大投手、第2戦先発の石川柊太投手、“甲斐キャノン”の異名を持つ鉄砲肩の甲斐拓也捕手、韋駄天リードオフ・マンの周東佑京内野手、ショートゴロを二塁打にした快足の牧原大成内野手は、いずれも育成枠出身だ。つまり、アマチュア時代は無名選手だったのである。

 2004年に球界再編騒動があって、翌2005年からセ・パ交流戦が始まったが、ほとんどがパ・リーグの天下だ。そして、日本シリーズでもパ・リーグがセ・リーグを圧倒している。
 その原因として、かつては不人気で、球界再編騒動に危機感を抱いたパ・リーグの各球団が、ファン・サービスに力を入れ、さらに選手育成のシステムを構築したことにあるだろう。

 一方のセ・リーグ、特に巨人は、FAで大金を使って選手を囲い込み、現在はなくなったが逆指名ドラフトで有名アマチュア選手を引っ張って来るという旧来の方法。今ではドラフトの逆指名制度は廃止されたとはいえ、菅野智之投手や長野久義外野手などは、ドラフトで他球団の指名を拒否して巨人に入団したのだから、事実上の逆指名だ。
 もっとも長野は、FAの人的補償で広島東洋カープにドナドナされたのだから、何のための逆指名だったのか。そして菅野も、今オフではポスティングでのメジャー移籍を希望している。

 巨人と新日本プロレスは、昔から体質が似ているのではないか。かつての巨人は生え抜き主義で、王貞治と長嶋茂雄の『ON砲』を中心に、生え抜き選手がガッチリ脇を固め、足りない部分のみ他球団から選手を補強していた。逆に言えば他球団蔑視で、外様は冷遇されていたのである。

 一方の新日本プロレスも、猪木がエースだった頃は、やはり他団体(全日本プロレスと国際プロレス)蔑視で、生え抜きメンバーが中心だった。国際プロレスから獲得したストロング小林や剛竜馬を、いわば飼い殺しにしたのである。
 ライバル団体を戦力ダウンさせ、また「国プロではエースのストロング小林も、新日ではアントニオ猪木や坂口征二より下の三番手」というイメージ作りにも成功した。小林が猪木との一騎打ちで敗れたのは仕方がないが、後にプロレスが下手だった若手時代の長州力やハルク・ホーガンのジョブをやらされた時は、泣いてしまったと小林は述懐している。

 全日の三番手だったタイガー戸口も引き抜いて飼い殺しにしたが、全日では若手に過ぎなかった越中詩郎が新日でブレイクしたのは特筆すべきだろう。越中本人の努力はもちろんだが、この頃から新日の意識も変わってきたのかも知れない。

▼国際プロレスのエースだったストロング小林も、新日本プロレスでは冷遇された

 巨人は、FA制度が始まった頃から、他球団の主力選手を買い漁るようになる。ちょうど、ナベツネこと渡邉恒雄氏がオーナーになった時期だ。
 この頃になると、外様を冷遇することはなくなったが、その反面生え抜きが育たないという現象が起きるようになった。つまり、若手が育ってきた頃に他球団から主力選手を引っ張ってくるのだから、二軍育ちの若手の出番がなくなったのである。

 新日もまた、他企業(ブシロードなど)の子会社になった頃から、生え抜きには拘らなくなった。他団体から移籍したレスラーを飼い殺しにするようなことはなくなったのである。
 それ自体は良いことなのだが、新日色が薄まったのもまた事実だ。今年のG1クライマックスで2連覇を果たした飯伏幸太、今年1月の東京ドームで最も目立ったKENTAらはいずれも外様。もっと言えば、人気№1のオカダ・カズチカだって闘龍門の出身である。

 他団体出身の選手を重用するのは、選手層の厚さにも繋がるし、また他団体のレスラーが入団しやすくなる、というメリットもあるだろう。新日に行っても飼い殺しにされるのなら移籍するのはやめよう、と考えていたレスラーが、外様でも活躍できるとなると安心して移籍できる。
 その反面、昔のような緊張感がなくなったのは否めない。良くも悪くもかつては団体同士で張り合っていたが、現在はそんな風潮も希薄になり新日1強状態だ。新日以外の団体ではメシは食えないから、新日に移籍しようというレスラーが多数いても不思議ではない。もっとも、そうなると今度は新日が飽和状態になって、活躍できないレスラーが増えるのだが。また、FAで他球団のスター選手を買い集めていた頃の巨人のように、若手がなかなか育たない状態にも陥る。

 そうなれば、再び団体のエースになることを求めて、多くのレスラーが独立するのか。まるで無限ループである。もっとも、今後はインディー団体の経営はますます苦しくなると思われるが……。

▼今年のG1クライマックス決勝は飯伏幸太vs.SANADAという史上初の日本人外様対決となった


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’20年12月03日号Rizin大阪 Assemble 全日最強 サバイバー墓堀人終幕 爆笑島 修斗JKA