台風19号の猛威が日本列島を襲った。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。
東京・多摩川沿いにある新日本プロレスの野毛道場も浸水したという。また現在、日本で開催されているラグビー・ワールドカップでも、台風の影響で何試合か中止になった。安全第一なのでやむを得ない措置だが、ファンや選手たちは残念に思っただろう。
さて、今回のW杯でラグビーに興味を持つ人が急増した。ルールがわからなくても、存分に楽しめるのである。
そういう『にわか』と呼ばれる人達がラグビーのテレビ中継を見ていて、驚くのがレフリーだという。ラグビーのレフリーにはマイクが着けられていて、テレビ視聴者にはレフリーの声が聞こえるようになっている。
当然W杯なので英語なのだが、試合中にはレフリーが絶えず選手に語り掛けていて、時には「Thank you」とレフリーが選手にお礼を言っている。こんなスポーツ、他にないだろう。
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▼[ファイトクラブ]リング上の裁判官、レフェリー!プロレスにもビデオ判定導入はあるのか!?
アメリカとイギリスのスポーツの違いが現れる審判
ある元プロ野球審判員も、ラグビー中継を見て驚いたことがあるという。国内リーグなので主に日本語だが、レフリーが、
「4番、後ろに下がって」
「リリース!(ボールを放せ)」
「タックラー、離れて! そう、それでいいよ」
と、選手に指図しているのを聞いて、野球では有り得ないな、と思ったそうだ。
野球では、ルール上は選手もアンパイアも私語厳禁。実際には色々話しているのだが、抗議されたときに審判が説明することはあっても、審判が選手に指示することはない。
例えば打順間違いがあったとき、審判は「今はキミの打順じゃないだろ」などと打者に指摘しては絶対にいけないのだ。こういう場合、審判はアピールがあるまで待たなければならない。
仮に打順間違いをした選手がホームランを打っても、相手チームから打順間違いの指摘があれば、ホームランは取り消されて正位打者はアウトになる。しかし不正位打者がホームランを打ち、次打者に1球投げた後に相手チームからアピールがあっても、たとえ反則だろうが不正位打者のホームランが認められるのだ。つまり、審判が打順間違いを指摘すると、勝敗に影響する。
ところが、ラグビーでは選手が反則する前にレフリーがそれを指摘するのだ。つまり、野球では反則を取り締まるのがアンパイア、ラグビーでは反則をさせないようにするのがレフリー、というわけである。
フルコンタクト系のスポーツは皆そうなのかな、と元プロ野球審判員は語っていたが、そうではない。例えばラグビーと同じフルコンタクト系のアメリカン・フットボールでは、考え方は野球に近い。アメフトでは、審判がいちいち選手に指図したりしないのである。つまり、アメフトでも審判は選手に反則をさせないのではなく、野球と同じく反則を取り締まるのが仕事だ。
これは、フルコンタクトか否かではなく、アメリカとイギリスの違いだろう。アメリカは新興の多民族国家のため、国民の宗教や風習が異なるので、どんな人種にも通用する確固たる細かい法律を用意し、ルール違反を厳しく取り締まる必要があった。
しかし歴史の古いイギリスは貴族社会で、反則はあってはならないという考え方がある。そのため、イギリスの法律は『慣習法』と呼ばれ、『やってはいけないこと』は国民が判っているはずだ、という前提の法律なのだ。
イギリス生まれのラグビーは当初、レフリーすらいなかった。判定に困ったときは両チームのキャプテンが話し合い、解決して試合を進めていたのである。時代が進むと、キャプテン同士の話し合いで折り合いがつかなかった場合、グラウンド外にいる仲裁人に判断を仰ぐようになった。
やがて、この仲裁人がグラウンドに降りて、さらに笛を吹くようになったのである。これがラグビーにおけるレフリーの始まりだ。
そして、レフリーが笛を吹く代わりに、アドバンテージ・ルールが採用された。アドバンテージ・ルールとは、反則があっても反則された側に不利益がなければ、反則を取らずにそのまま試合を流してしまうルールである。
ちなみにアメフトでは、反則があれば直ちに審判からイエロー・フラッグが飛び、審判団による協議の末、しかるべき罰則を与える。あくまで公平に反則を取り締まる、というのがアメフトの考え方だ。
場合によっては、アメフトでは(同じアメリカ生まれのバスケットボールでもそうだが)反則すら作戦の一つとなる。敢えて反則を犯し、しかるべき罰則を受けてから攻撃した方が、有利になる場合もあるのだ。それがアメフトやバスケットの面白さでもある。
しかしラグビーでは、そういう戦法は通用しない。反則をすればするほど不利になる。
さらにラグビーでは、反則が続いた場合などにはレフリーがそのチームのゲーム・キャプテンを呼んで注意し、それをそのチームの選手に対してキャプテンに説明させるのだ。
「キャプテン、来てください。今、こういう反則が続いています。これからは気を付けるように。反則させないよう、みんなに説明してください」
レフリーが、反則をしたチーム全員に注意すればいいところを、敢えてキャプテンにその役目を負わせるのである。
このあたりも、かつては両チームのキャプテンによる話し合いでゲームを進めていた、という名残りなのだろう。
▼キックをする選手よりも、他の選手がオフサイド(反則)の位置にいないかを見るレフリー
プロレスもラグビーも、レフェリーは裁判官ではなくディレクター
実は、ラグビーに似ている競技がある。それが、他ならぬプロレスだ。プロレスの起源はイギリスのランカシャーとも言われるが、それが影響しているのかはともかくプロレスのレフェリーは、役割がラグビーと似ている。
つまり、プロレスのレフェリーは反則を取り締まるのではなく、試合を円滑に進めるための存在なのだ。
ラグビーと同じく、プロレスのレフェリーも選手によく話し掛ける。もちろん、ラグビーのようにマイクを着けているわけではないので、ファンには何を言っているのかは判らないのだが、本誌読者ならどういう内容なのか、だいたい想像がつくだろう(笑)。
レフェリーがレスラーと会話するのは、試合を円滑に進行させるためには不可欠なのだ。もちろん、ケーフェイの部分だけではなく、レフェリーは絶えずレスラーに話し掛け、どんな状態にあるのか把握する必要がある。そうしないと、試合が壊れる恐れがあるのだ。
プロレスにおけるレフェリーとは裁判官ではない。試合を面白く見せるためのディレクターとも言える存在である。
ラグビーも、単に反則を取り締まるのがレフリーの役目ではなく、いかに試合の流れを途切れさせないのかが重要になるのだ。ラグビーでは、レフリーの良し悪しを決めるのはアドバンテージ・ルールの取り方と言われる。アドバンテージ・ルールを上手く処理するレフリーの試合は面白くなり、それが下手なレフリーの試合は台無しになるというわけだ。その意味でも、ラグビーのレフリーも裁判官ではなく、プロレスと同じくディレクターと言えるのではないか。
プロレスには『5秒以内の反則ならOK』ルールがある。まあ、ラグビーのアドバンテージ・ルールとは意味がかなり違うとは言え、安易に反則負けを宣して試合をつまらなくさせない、という点では同じだ。
プロレスでもラグビーと同じように、レフェリーの巧拙しによって試合が面白くなり、またつまらなくなったりする。プロレスにおけるレフェリーとは『第三の選手』と言っても過言ではないのだ。
そのあたりはプロレス・ファンもよく判っていて、レフェリーに対する人気は他のどのスポーツよりも高い。この点では、ラグビーよりも上である。
▼「キョーヘー!」コールで大人気を博した和田京平レフェリー
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’19年10月17日号金曜SD初回 新日秋の陣 ぱんちゃん璃奈 キングダムエルガイツ WLC