甲子園を沸かせた強豪校、その出身プロレスラーたち

 兵庫・阪神甲子園球場で行われていた第101回全国高等学校野球選手権大会は、履正社(大阪)の初優勝で幕を閉じた。去年の大阪桐蔭に続いて、大阪勢の2連覇である。
 準優勝は、大会№1の呼び声高い奥川恭伸投手を擁した星稜(石川)で、惜しくも北陸勢初の夏の甲子園優勝を逃した(春のセンバツでは福井の敦賀気比が北陸勢として優勝している)。

 さて、その星稜と言えば元プロレスラーで衆議院議員、馳浩の母校である。馳は星稜時代にレスリング部で国体優勝、プロレスラーになる前は星稜で国語教師として教鞭を執った。
 スケジュールの都合で決勝戦の応援には行けなかったそうだが、敗れたとはいえ後輩たちの健闘は誇らしかっただろう。

▼馳浩の母校である星稜は、夏の甲子園準優勝に輝いた

 プロレスラーの出身校には、甲子園の強豪校も多い。今回は、レスラーたちを輩出した高校を追ってみよう。


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故・橋本真也と高山善廣の母校が、今夏の甲子園で名勝負を演じる

 今夏の甲子園出場校を卒業したプロレスラーは結構いる。優勝候補の一角に挙げられながら惜しくも三回戦で敗れた東海大相模(神奈川)、高山善廣は同校出身だ。
 高山は高校時代、ラグビー部に所属。東海大相模は花園にも出場したことがある強豪校だ。
 現在の高山はご存じの通り、頸髄完全損傷により闘病中である。後輩たちの活躍に触発されて、一日も早い回復を望む。

▼東海大相模出身の高山善廣には、一日も早い回復が望まれる

 その東海大相模に三回戦で、鮮やかな逆転勝ちしたのが中京学院大中京(岐阜)だ。東海大相模戦では7回表に一挙7点を奪い逆転、準々決勝でも作新学院(栃木)戦で8回裏に一挙4点を奪って逆転勝ち、ベスト4まで勝ち進み『ミラクル中京』の異名をとった。
 同校は軟式野球部も強豪で、去年まで全国2連覇中。この原稿を書いている時点では、まだ全国大会を勝ち進んでおり、3連覇を目指している。
 中京学院大中京の出身レスラーと言えば故・橋本真也がいた(当時の校名は中京商業)。橋本は高校時代、柔道部だった。
 だが、その橋本も40歳で若くして亡くなったのは惜しまれる。

▼中京商(現:中京学院大中京)出身、若くして亡くなった橋本真也

 他の今大会出場校で言えば、今や東北の強豪にのし上がった八戸学院光星(青森)出身のレスラーとしてケンドー・カシンがいる(当時の校名は光星学院)。カシン、即ち石澤常光は同校のレスリング部だった。
 グレート-O-カーン(岡倫之)は、2017年夏の甲子園優勝校である花咲徳栄(埼玉)出身。関本大介は明徳義塾(高知)の野球部出身で、松井秀喜を5打席連続敬遠させた馬淵史郎監督に鍛えられた。と言っても、四軍だったそうだが。

 金丸義信は山梨学院の野球部出身で(当時の校名は山梨学院大附)、控え投手として春のセンバツに出場(登板はなし)。中西学は立命館宇治(京都、当時の校名は宇治)出身、佐藤光留は岡山学芸館(岡山)出身、マサ北宮は高岡商業(富山)出身。故・グレート草津は熊本工業(熊本)のラグビー部で全国大会にも出場した。
 女子プロレスラーでは、井上由美子が高松商業(香川)出身である。

▼山梨学院大附(現:山梨学院)時代は甲子園の土を踏んだ金丸義信

甲子園で優勝、準優勝した強豪校は、こんなレスラーを輩出した

 春夏の甲子園で最多となる計11度の優勝を誇る超名門校・中京大中京(愛知)。前述の中京学院大中京と紛らわしい校名だが、別法人だ。
 同校の出身者には齋藤彰俊、松永光弘、杉浦貴がいる(当時の校名は中京)。特に齋藤と松永は同期で、齋藤は水泳部、松永は相撲部だった。彼らが2年時、甲子園で春夏連続ベスト4、3年時は夏ベスト8。野球部の同期には、後に広島東洋カープなどで活躍した紀藤真琴投手がいる。

▼松永光弘は齋藤彰俊とは中京(現:中京大中京)時代の同期
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 2004年と2005年の夏の甲子園で2連覇を果たしたのが駒大苫小牧(北海道)。2006年には中京大中京に並ぶ夏3連覇(当時の校名は中京商業)を目指したが、惜しくも準優勝だった。
 その時のエースだったのが『マー君』こと田中将大投手(ニューヨーク・ヤンキース)だが、駒大苫小牧時代にマー君のブルペン捕手をしていたのがT-Hawkである。
 もちろん、ブルペン捕手のために甲子園の土は踏めなかったが、マー君の活躍は『影の女房役』T-Hawkのおかげかも知れない?

▼駒大苫小牧時代は『マー君』こと田中将大投手のブルペン捕手だったT-Hawk

 駒大苫小牧の夏3連覇を決勝で阻んだのが、『ハンカチ王子』こと斎藤佑樹投手(北海道日本ハム・ファイターズ)を擁した早稲田実業(東京)。その早実の野球部出身だったのが故・マシオ駒だ。マシオ駒は全日本プロレスの創設メンバーとして知られる。
 マシオ駒の同期には『世界のホームラン王』こと王貞治がいた。2年時には春のセンバツで王をエースとして初優勝を果たしている。残念ながら、マシオ駒も35歳の若さでこの世を去った。

 東京のお隣り、神奈川は野球王国で、東海大相模のライバルが多い。松坂大輔投手(中日ドラゴンズ)を擁して春夏連覇を達成した横浜(神奈川)の出身者には、鈴木みのるがいる。鈴木みのるは横浜時代、レスリング部で国体2位になった。
 後に読売ジャイアンツ(巨人)9連覇の主力となる柴田勲を擁し、夏春連覇を達成した法政二(神奈川)の出身者には、レフェリーの故・ジョー樋口がいた。レフェリー経験者で言えば、春夏連続で準優勝したことがある『Y校』こと横浜商業(神奈川)の出身者に故・山本小鉄がいる。

▼法政二出身、名レフェリーとして鳴らしたジョー樋口
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 甲子園優勝経験校では他に、興國(大阪)出身のスペル・デルフィン、報徳学園(兵庫)出身の長島☆自演乙☆雄一郎、育英(兵庫)出身の金本浩二、箕島(和歌山)出身の高野忍がいる。
 高野忍は春のセンバツに出場、卒業後は社会人を経て巨人に入団した。巨人からプロレスへの転向と言えば、ジャイアント馬場と同じ経歴である。

 春のセンバツで準優勝の経験がある関大北陽(大阪)は、前田日明の出身校だ(当時の校名は北陽)。前田の1学年上にいたのが、後に阪神タイガースの監督となる岡田彰布である。
 前田自身は北陽時代、クラブに入ることもなく空手道場に通っていた。岡田は早稲田大学進学を目指して野球部の練習後は家庭教師を相手に勉強していたというが、前田はまともに授業を聞いていなかったんだとか。

 最後に、甲子園には1度しか出場したことはないが、中邑真輔の出身校である峰山(京都)を取り上げたい。なぜ、こんな無名校を紹介するのか?
 峰山は、『ノムさん』こと野村克也の出身校だからである。ついでに言えば、バス旅でお馴染みの太川陽介も峰山出身だ。
 中邑は、峰山ではレスリング部に所属していた。まさか京都府北部の日本海側、ド田舎の丹後地方からWWEのスターが現れるとは、当時は誰も思わなかっただろう。

▼『ノムさん』こと野村克也と同じ峰山出身の中邑真輔


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