ケン・片谷『メシとワセダと時々プロレス』57[ファイトクラブ]ドリーミンプロジェクト 大阪大会参戦記

[週刊ファイト12月27日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼ケン・片谷『メシとワセダと時々プロレス』57
 ドリーミンプロジェクト 大阪大会参戦記
・日付が変わって試合当日の午前1時、渋谷駅が集合場所のマイクロバス
・先輩・後輩・序列~後方の座席に座り、月日の流れの早さを感じる
・甲子園ボウル早稲田BIG BEARSvs.関西学院大学FIGHTERS観戦!
・果たして、試合開始前に会場に着くことができるのか?
・大淀コミュニティセンター:ケン・片谷横断幕、神威選手
・対戦相手は関西在住、ブルアーマーTAKUYA選手とダイナ御堂選手
・心斎橋にあるプロレスファンも集うお店『みみずく25』
・え!まさか? ハイボールのポスターの中に載っている菅沼修選手
・菅ちゃんラーメン! 鶏ガラベースのあっさり塩味
・選手バスは23時に大阪を発ち早朝5時に出発地点と同じ渋谷駅に到着


0泊3日大阪の旅。今ではなかなか味わえない巡業の醍醐味。
えっ!? オイラだけダブルヘッダー?
遅刻寸前! スタッフはやきもき。その理由とは?
打ち上げ会場で見た意外なものとは!?

12月16日(日)ドリーミンプロジェクト大阪大会に参戦しました!
大阪での試合は、前回のドリーミンプロジェクト以来、約1年半ぶりのことです。
今回は、東京から大阪まで、選手バスが用意されました!

ここ数年、大小団体の乱立はさらにエスカレートしました。分裂が分裂を呼び、細分化はとどまることを知りません。
体力の無い団体(プロモーションや個人の〇〇興行含む)は、地方に遠征することは難しく、必然的に地元開催を重ねていくことになります。
東京や大阪の一極集中型が加速しているのもそのためです。

その昔、プロレスといえば巡業は付き物でした。全国津々浦々、一年中大型バスで移動を重ねていました。有名な話では、かつて全日本女子プロレス全盛期には、年間の興行数は250とも300とも言われていました。一週間に直すと、週に1日か2日だけお休みがあって、それ以外は常に日本のどこかで試合をしていた計算になります。いやいや、興行数には移動日が含まれませんので、ほぼ一年中旅をしていたことになります。

全女には及びませんが、オイラもデビュー当初はよく各団体の巡業に呼んでいただきました。
IWAジャパンやSPWFは、1~2ヶ月に1回のペースでシリーズが組まれました。そんなに長いシリーズではありませんでしたが、一度巡業に出ると、2~3週間自宅に戻らないこともざらでした。
たった2回だけですが、全日本プロレスのシリーズにも参加させていただいたことがあります。喜びとともに、とても勉強になる巡業でした。
また、地方で活動するローカル団体のアジアンプロレス(北海道)や、プロレスリング求道軍(熊本)などは、それぞれ北海道内、九州各県でミニシリーズを組んでいたので、マイクロバスや選手の自家用車に乗り合わせて各地を回りました。

日付が変わって、試合当日の午前1時、渋谷駅が集合場所となりました。大型のスーツケースをゴロゴロと転がしながら一人また一人とレスラーが集まってきます。
もちろん、今回は転戦ではなく単発の興行なので、正確には“巡業”という言葉は当てはまらないかも知れません。しかし、昔の巡業のことを懐かしんでいたら、バスを見た途端ワクワク感が止まらなくなりました。

バスには、十数名の選手・スタッフが乗り合わせました。
かつては、日本人と外国人、あるいは正規軍とヒールなどに分乗して移動していましたが、今回の旅は男子も女子もそしてスタッフも一緒です。現在のプロレス業界を象徴するかのようですが、これはこれで楽しい旅になりそうです。
いよいよバスに乗り込む時になって、ちょっとした異変がありました。
若い選手が『奥の座席を広くお使いください!』と、オイラを案内してくれたのです。
オイラがよく巡業に行っていた当時は、後部座席には大御所のレスラーがふんぞり返って座るのが暗黙の了解でした。
新人のオイラはというと、乗車口のすぐ近くの席で、同じキャリアくらいの選手と肩寄せ合いながら座っていました。何かあったらすぐに外に飛び出せるようにするためと、休憩時間の時などは先輩レスラーに時間の案内などをするためです。さながら、バスガイドのようですね(笑)。

そんなことを思い出しながら、後方の座席に座り、月日の流れの早さを感じていました。
『オイラもようやく、後ろの席で広々と座ることができるんだなぁ…。』と感傷に浸っていたのです。

バスが最初に停まったのは、東名高速道路の海老名サービスエリアです。ここは、東京以西の移動の時は定番の休憩スポットですね。
暫しの間、トイレに行く者、夜食を食べる者、一服する者、それぞれ思い思いに過ごしました。

その後、何度かバスはトイレ休憩のためサービスエリアに停まったようでしたが、オイラは爆睡していたのでよく覚えていません(笑)!

バスは快調な走りで、朝7時に会場近くに到着しました。
ここで、ちょっとしたハプニングが…。
時間が早過ぎたため、まだ会場が開いておらず、バスを駐車場に停められないというのです。しかし、こんなことも巡業ではよくあることです。

もう10年以上も前の話になりますが、アジアンプロレスで北海道内を大移動していた際、次の試合会場に未明に到着したことがありました。当然、まだ会場に入れるはずもなく、仕方なく会場の敷地内にリングのウレタンマットを敷き詰め、みんなで横になりました。夜を徹しての移動だったため、すぐに全員爆睡!
その時は確か7月でしたが、真夏といえどもそこは北海道。寒くて飛び起きた記憶があります(笑)。

さて、話を元に戻しますが、会場に入れない我々は、バスを運転手さんに託し、近くのファミリーレストランで朝食を摂ることにしました。
選手間の話題は、試合開始までどうやって過ごすかということで持ちきり! 今日の試合開始時間は17時。そう、試合開始までまだ10時間近くもあるのです!

そんな中、オイラ一人だけそわそわ。実は、オイラは試合前にどうしても行きたいところがあったのです。
この日は、甲子園球場で『甲子園ボウル』が開催される日でもありました。甲子園球場といえば、愛する阪神タイガースの本拠地ですが、冬に野球の試合があるはずありません。
甲子園ボウルとは、アメリカンフットボールの大学選手権のこと。東日本のリーグ戦を制した早稲田大学BIG BEARSは、西日本代表の関西学院大学FIGHTERSと日本一の座を賭けて今日甲子園ボウルで対戦するのです!

「実は俺、用事があるんだ…。」

試合までには必ず戻るからと言い残し、オイラはファミリーレストランを後にしました。

試合会場から甲子園球場は、乗り換え時間を含めて小一時間です。
甲子園ボウルの開始時間は13:05。アメフトの試合時間は、試合にもよりますがだいたい2時間から長くても3時間ほど。17時の試合開始に間に合わせるには、甲子園球場を16時に出てギリギリです。オイラの試合は、第二試合なので、着替えの時間を入れるともっと早く着いておきたいところです。

試合は順調に進み、16時40分にゲームセット。残念ながら、早稲田大学は20-37で敗れ、創部以来初となる大学日本一の栄冠を手にすることはできませんでした。

さぁ、ここからが本当の勝負です。

甲子園球場を後にする数万人の観客の間を縫うようにして、阪神電車の甲子園駅に向かいます。
運良く、臨時の特急電車に飛び乗ることができました!
梅田駅から地下鉄の東梅田駅に移動し、谷町線に乗ります。二つ目の天神橋筋六丁目駅が会場の最寄り駅です! あと、8分程歩けば会場に到着します。

果たして、試合開始前に会場に着くことができるのでしょうか?


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