[週刊ファイト9月27日号]収録 [ファイトクラブ]公開中
▼伝説の田コロ決戦! 合計400kgが激突したハンセンvs.アンドレ戦
by 安威川敏樹
・今から37年前の秋分の日、田園コロシアムで行われた伝説の一戦
・それは、ハンセンとアンドレの仲間割れから始まった
・自らの負けを受諾した、アンドレのプロ根性
・「世界で5人目! 世界で5人目!」。興奮のルツボと化した田コロ
・遂にウエスタン・ラリアートが炸裂! 大巨人が吹っ飛んだ!!
・このとき、既にハンセンの全日本プロレス移籍は決まっていた
・ハンセンvs.アンドレの直後にラッシャー木村が言った『こんばんは』
・昭和と共に去った田園コロシアム
1981年9月23日、今でも語り草となっている伝説的な名勝負が生まれた。東京・田園コロシアムで行われたスタン・ハンセンvs.アンドレ・ザ・ジャイアントである。
当時のハンセンは人気絶頂、一方のアンドレは実力世界一の名を欲しいままにしていた。世界最強決定戦に相応しく、ハンセンが140kgでアンドレが250kgという、合計約400kgが真っ向から激突するのである。しかも、新日本プロレスの外人エースの座を賭けた闘い、当然のことながら田園コロシアムは超満員となった。
筆者が見てきたプロレスの中で、文句なく名勝負のベスト1である。両者の実力とこのときの状況、そしてスケールの大きさから言って、これほどの試合は、そうはない。このときから10年以上経って、改めてこの試合のビデオを見直したことがあるが、初めて見たときと全く変わらない面白さと興奮度合いだった。後年に見たときに、そんな感想を持つ試合も、そうはないだろう。
ちなみに筆者には、格闘技オタクでプロレスのことをバカにしている友人がいるが、そいつにこの試合のビデオを見せたところ「これは凄い!」と感嘆していた。プロレスが好きか嫌いかに関係なく、『文句なし』に楽しめる試合だったわけだ。
それは、ハンセンとアンドレの仲間割れから始まった
ハンセンとアンドレのシングル・マッチは、このときが初めてではない。以前にも、MSG(マジソン・スクエア・ガーデン)シリーズの公式戦で(MSGとなっているが、実際は全て日本で行われた)、何度か対戦したことがあった。
しかし今回は、リーグ戦での対戦ではない。ハンセンとアンドレが敵意を剥き出しにして闘ったのである。
伏線はあった。田コロ決戦の19日前、9月4日の愛知・豊田市体育館でハンセンとアンドレ、そしてバッドニュース・アレンの3人がタッグを組んで、日本組のアントニオ猪木&タイガー戸口&長州力と6人タッグ・マッチで対戦したのである。ちなみに、長州はまだブレイク前だった。
試合前のコール順はアレン→ハンセン→アンドレ。つまり、アンドレが外人組のエース格だったわけだ。
試合はいつもの通り進んだが、ハンセンとアンドレが何度か同士打ちし、アレンが必死になだめるも遂には仲間割れ。ハンセンvs.アンドレという、誰もが夢見る一騎打ちのお膳立てが整った。
しかも公式戦ではない。プロレスとは不思議なもので、公式戦やタイトル・マッチよりも、何も掛かっていない単なるシングル・マッチの方がエキサイトするカードがある。プロ野球で言えば公式戦よりもオープン戦の方が興奮するようなものだが、そんなことは有り得ないだろう。
自らの負けを受諾した、アンドレのプロ根性
もちろん、ハンセンとアンドレが本当に仲が悪かったわけではない。むしろ、新日本プロレスに参戦していた外国人レスラーの中で、ハンセンが最も信頼していたのがアンドレだった。
移動バスの中で、前方にあるアンドレの席には常にビールがケースごと置かれていたが、アンドレが独りで呑むのに飽きると、後方に座っているハンセンを必ず呼び寄せていたぐらいだ。
ハンセンとアンドレが激突する夜、田園コロシアムに集まった観衆は1万3千5百人(主催者発表)。チケットは売り切れで、入りきれないファンが田コロの外に溢れていた。
この日のハンセンvs.アンドレはセミ・ファイナル。本来なら文句なくメイン・エベントの超豪華カードだが、当時の新日本は常にアントニオ猪木がメインを張っていたのだ。ジャイアント馬場がザ・ファンクスら外国人レスラーにメインを譲っていた全日本プロレスとは対照的である。
この日のメイン・エベントはアントニオ猪木vs.タイガー戸口。どう考えても猪木が、ライバル団体の全日本プロレスで3番手だった戸口に負けるわけがない。
全日本では冷や飯を食わされていた戸口にとっては、猪木とのメインでの一騎打ちという一世一代の晴れ舞台だったが、田コロに来たほとんどのファンはハンセンとアンドレの激突を観に来ていた。
まさしく夢の対決の実現だが、問題がひとつあった。共にエース外人、どちらも負けさせるわけにはいかないのである。負けた方は当然、商品価値が落ちてしまう。
となると、考えられるのは両者リングアウトあるいはノー・コンテストなどによる引き分けだが、その頃のプロレスは両リン引き分けの不透明決着を乱発してファンの顰蹙を買っていた。
それでも、両者を負けさせるわけにはいかない。新日本側は両リン引き分けを提案したが、なんとハンセン及びアンドレは、この申し出を拒否したのだ。これだけのビッグ・カードなのに、そんな竜頭蛇尾な決着では、ファンは納得しないだろう、と。
決着の行方については、試合直前まで話し合われた。お互いのメンツを庇うような不透明決着よりも、アンドレの反則負けにした方がインパクト抜群と判断されたのである。
しかも、アンドレがハンセンを圧倒しての反則負けではない。むしろハンセンの猛攻にアンドレが逆上しての反則負けだ。
当時のアンドレは、ピンフォール負けをしたことがないというのが最大の売り物だった。もちろんこの試合でも、ハンセンにフォールを許さないとはいえ、ボクシング流に言うと判定負けを認めるようなものである。アンドレにとって、商品価値にキズが付きかねない。
しかし、それでもアンドレはハンセンに勝ちを譲った。その方が、ファンは熱狂すると計算したのだろう。やはりアンドレは、本物のプロフェッショナルだった。自分のメンツよりも、ファンを喜ばせることを優先したのである。
▼メンツよりもファンを優先させたアンドレは、本物のプロフェッショナルだった
「世界で5人目! 世界で5人目!」。興奮のルツボと化した田コロ
夜のとばりに包まれる屋外の田園コロシアム。いよいよセミ・ファイナルが始まった。
入場テーマ曲と共に、ハンセンが入場して来る。ハンセンの新日時代の入場曲は『サンライズ』ではなく『ウエスタン・ラリアート』。ハンセンが入場した後、アンドレが『ジャイアント・プレス』の入場曲に乗って登場してきた。
トップロープを跨いでリングに入ろうとするアンドレに対し、突進するハンセン。しかし、アンドレはそのまま右足を上げ、ハンセンに18文キックをお見舞いした。当然のごとく乱闘になり、ケロちゃん(リングアナの田中秀和氏)による選手コールもなく、ゴングが鳴って試合が開始された。
ハンセンの、192cm140kgの巨体が、223cm250kgのアンドレと闘っていると小さく見えてしまう。いつもは猪木をパワーで圧倒するハンセンが、この日は体格的なハンディがあり過ぎた。そのせいか、田コロの観客が叫ぶのはハンセン・コールばかりである。
試合の見せ場がやって来たのは、試合開始から6分過ぎ。ハンセンがアンドレの巨体を持ち上げ、ボディ・スラムで投げ捨てたのだ。
「世界で5人目! 世界で5人目!」
テレビ朝日の古舘伊知郎アナが叫ぶ。当時、アンドレをボディ・スラムで投げた公式記録(なんてあるのかね)を持っていたのはハーリー・レイス、ローラン・ボック、ハルク・ホーガン、アントニオ猪木の4人だけだったのだ。そして今、スタン・ハンセンが5人目の男になったのである。自分よりも110kgも重いアンドレを投げ捨てたハンセンのパワーに、大歓声が上がった。
アンドレがボディ・スラムで投げられるのを許したのは、本当に実力を認めた相手だけだった。その中でもハンセンは、アンドレにとって『完璧に投げられた』相手だったのである。
しかし、その後は場外乱闘になり、8分26秒でお決まりの両者リングアウト。「やっぱり、こういう結末か……」。1万3千5百人の大観衆から溜め息が漏れた。
▼アンドレ・ザ・ジャイアントを完璧なボディ・スラムで投げたスタン・ハンセン
YouTubeキャプチャー画像より https://www.youtube.com/watch?v=SrxUuRiA0Jg
遂にウエスタン・ラリアートが炸裂! 大巨人が吹っ飛んだ!!
まだハンセンはウエスタン・ラリアートを放っていない。ラリアートが果たしてアンドレの巨体に通用するのか!? それがファンにとって一番の興味だったのに、結局はその場面を見ることがなく試合は終わってしまった。
しかし、この両リン引き分けも予定通り。本当のハイライトはここからだった。右腕を上げて「もっと闘わせろ!」とアピールするハンセン。そこに、アンドレのマネージャーであるアーノルド・スコーランもリングに上がり、アンドレと共にレフェリーのミスター高橋に「延長戦だ!」と訴えた。そして、遂には新間寿・営業本部長もマイクを持ってリングに上がる。
新間氏からマイクを受け取ったミスター高橋が「両選手の希望により、時間無制限1本勝負を行います!」と言ったときには、1万3千5百人の観衆から大歓声が沸き起こった。まさかの延長戦である。ハンセンとアンドレは、不透明決着でお茶を濁そうとはしなかったのだ。
延長戦開始のゴングが鳴り、ハンセンはアンドレをいきなりアイリッシュ・ホイップ(一本背負い)で投げ捨てた。
しかしアンドレもハンセンをボディ・スラムで投げると、そこへ必殺のジャイアント・プレス! ファンから悲鳴が上がる。だがハンセンは、寸前でこれをかわした。