[週刊ファイト10月13日号]収録 [ファイトクラブ]公開中
9月下旬に来日したザ・デストロイヤーは、旧・全日プロに在籍していた70年代からプロ野球の助っ人たちと親交があった。80年代中盤に爆発的に打ちまくった阪神タイガースのランディ・バース氏もその中の1人。ある時、『週刊ファイト』はデストロイヤーの計らいで2人のツーショット撮影に成功。ところが、結果的にデストロイヤーに迷惑をかけてしまう。
by 井上 譲二
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阪神タイガースの球団史上最強の助っ人であるランディ・バース氏とザ・デストロイヤーのツーショット写真が『週刊ファイト』の表紙を飾ったのは、バース氏が外国人初の3冠王に耀いた翌年(1986年)の夏だった。
当時、デストロイヤーはすでにセミリタイア。プロレス活動は全日マットに限られており、『サマーアクション・シリーズ』への参加が恒例化してきた。
しかし、『ファイト』の拠点が阪神と同じ大阪にあることを考えると価値のあるツーショット。I編集長も「キミ、よくそんな写真が撮れたな」とホメてくれた。
撮影場所は関西在住の欧米人が利用する神戸の外国人クラブ。
その日、オフだったバース氏は息子たちと一緒にプールサイドで日光浴していた。
デストロイヤーと一緒に外国人クラブに入っていくと、彼はニコヤカな表情を浮かべながら私とカメラマンを迎えてくれた。
「息子(ザクリー君)が熱狂的なプロレスファンで、彼にせがまれてオーサカの会場に行ったこともあるんだ。スタン・ハンセンとも親交があるよ」
初対面であるにもかかわらず彼は気さくだった。しばらくデストロイヤーと3人でプロレスや野球の話をした後、デストロイヤーとのツーショットを撮影。さらに2人の間に私が入った記念撮影にも応じてくれた。
ところが…、それから数週間後、そのツーショットをパネルにして甲子園球場に持っていくと、バース氏はひどく不機嫌。近づいた私に対して「フー・アー・ユー!?」(お前、誰なんだ!?)という言葉を投げてきた。