“80’S・プロレス黄金狂時代”Act28【ブルーザー・ブロディ、最期の“瞑想”】

美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃”』
  Act28「ブルーザー・ブロディ、最期の“瞑想”」
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 “インテリジェンス・モンスター”ブルーザー・ブロディが黄泉の国に召されてのち、早、21年の時が刻まれようとしている。ブロディに関しても私はそこかしこで紙数を限らず、書き込んできた。
 けっして、私の好むギミックを有したプロレスラーではなかったが、プロレス黄金の時代、未だ“レスラー最強幻想論”が色濃い時代にけして外すことは出来ない超大物異人プロレスラーのひとりでもあった。
 ウイークポイントはその脚にあると指摘され、細い脚を隠す為に毛皮文様のブーツ型シューズを履いているのだとも揶揄されもした。が為か、ブロディの椅子を使い、100回、200回、300回と上下移動する、脚力を鍛えるトレーニングは関係者の間ではつとに有名で、もしもウイークポイントであったとしても、あの体格(公称・身長198cm、体重135kg)から繰り出される驚異とも称すべきドロップキックの跳躍力や、あの疾風怒涛(しっぷうどとう)とでも表現したくなるリング対角線を走りこんでの“キングコング・ニー・ドロップ”のバネの効いたジャンプ力の秘密が隠れているような気がして興味深かった想い出がある。

 ブロディであれ、あのスタン・ハンセンであれ、“レスラー最強幻想論”の只中に在るレスラーはみな、その大型の体躯の割りにかなりの長時間、縦横無尽に動くことが出来た、ということが度々、指摘されもした。薬物を使わない、器具を必要としないトレーニングの実態。走りこみは言うに及ばず、プッシュアップやスクワットの反復の数をこなし、発汗させ無尽蔵のスタミナを生み出そうと計る。単調ゆえにハード。ブロディとてそんなレスラーの範疇(はんちゅう)に入るプロレスラーだったと言えよう。
 試合途中、息を整えているのだなと察せる技の仕掛けの合間合間に、そういうよこしまな思い等忘れさせてくれるかのような身の素早さを見せ付けられてはやはり賛辞を送らないわけにもいかなかった。マニア層にも届く、さも安易そうに仕掛けていく繋ぎ技ひとつにしても体躯が体躯だけに迫真性は際立っており、目を見張ったものだ。
 その現役晩年、肘(ひじ)を痛め、得意の“ブロディ式ボディ・スラム”にしても苦渋のそぶりなど露も見せず、さも軽々と投げつけていた。そういう、プロとしてのプライドを思わせる闘いぶりも感じさせた、ブルーザー・ブロディという、一己のプロレスラー。
 ミスターポーゴ著『ある極悪レスラーの懺悔(ざんげ)』ミルホンネット刊によれば、やはりその中で語られている様々なエピソードから察するに、ブロディ像は生前、伝えられている風評通り、普段は物静かでまた、プライドの塊とも言うべき、信念を有したレスラーでもあったようだ。

 この著作の中でも取り上げられている、ブロディの最期の場面はまことに生々しく、迫真に満ちたもので、一読の価値があることは言うまでもない。生前のブロディの熱烈なファンにとっては新たに哀感を呼び覚ますものであると共にこの一頁はブロディに手向けられた、時を越えた鎮魂歌でもあるのだと思う。
 そんなブロディが生前、望んだ自身の未来とはいかなるものであったのだろうか?
 ブロディ革命なる指標を示し、低迷するテリトリーを活性化させていくフリーランスな超大物の底に眠っていた、自身の未来への渇望。薄暗い、コンクリート壁むきだしの控え室の奥で、ひとり、座り込んで瞑想に耽るプロレスラー。こういった、ウオッウオッとリング四方を咆哮(ほうこう)しつつ試合を進めていくスタイルとは明らかに違う明暗はまさしくブロディのギミックならではの光と影であったと言えるのかも知れない。

 多くのかつてのプロレス者がその心を大きく揺さぶられたブロディ像でもあったのだろうが、あの1988年7月17日、その命運尽きたのちの棺(ひつぎ)の中でさも眠っているだけかのように横たわるブロディの姿態は何かしら神秘さを思わせ、私とてあらぬ想いがこみ上げてきたものだった。私はレスラーの内で、あれほど穏やかげに眠る“最期の姿態”をブロディ以外には知らない。
 まさに、長い瞑想のただなかにあるかのようなブロディの横顔。「死してひとは仏陀(ブッダ)になる」と言うが、宗派は違えど十字架に処されたイエス・キリストの肖像ともまた違う、ブロディの最期の瞬間。傲慢(ごうまん)で敵を作ることも怖れないと伝わっていたブロディにしても最期の姿態はまるで赤子のそれのように健やかげな顔を覗かせていた。

 ブロディが幾多の日本遠征において、唯一、観衆と分かち合うように歓喜の表情で場内を駆け回り、バックステージでは涙すら流しながら咆哮したと伝わる1988年3月27日、日本武道館におけるジャンボ鶴田とのインター王者戦。ベルトを渡され、まるで天に捧げるかのように頭上高く掲げたブロディの表情にはまことに人間くさい、歓喜の趣が漂っていた。
 ファンと抱き合い、タイトル戴冠(たいかん)を分かち合う歓喜のブロディと狂気の目を宿し、相手を罵倒するブロディの怒りに満ちた表情、暗闇の中でひとり瞑想に耽るブロディとおなじみのリング上、咆哮していく勇姿像。そのいずれとも似つかわしくない棺の中のブロディの姿態。愛妻・バーバラさんや息子のジェフリー君のことなどを考えればけっして安穏と黄泉の国に旅立ったはずではないと察せられるブロディなのに、あの安らかげな姿態は何を意味するのであろうか?
 長い歳月における“野獣”ギミックから解き放たれた開放感が成せる代物?……いや、そんな安っぽい邪推の内にあのブルーザー・ブロディは存してはいないはずである。改めて今一度、合掌。
                                  (筆記・美城丈二)
 ☆この稿、執筆にあたり、ミルホンネットさんからご連絡があり、「現在制作中のミスターポーゴ(関川哲夫)著の新刊・ブロディ本に関して、いくつか確認したいことがあり、ブロディのことをある程度研究されている方からのコンタクトをお待ち致している」とのことでした。また、ファンの方のお話しが出てきたりするそうで、「どうぞ、ミルホンネットまでご連絡下されば幸いです」とのことです。 
  ☆是非、合わせて読了くださいませ。
   ⇒『ミスターポーゴ著作集』
   ⇒『美城丈二著作集』