歴史オタク的プロレス史5~リングは戦場なり~

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こんにちわ。歴史オタク、三瓶千詠です。
今回も引き続きみちのくプロレス、義経に焦点を当てたいと思います。

プロレスにおける「技」の名前はレスラーの個性そのものでございます。
技がかっこよくても名前が微妙だったら興醒めです。
キャラクター要素の強いレスラーはどれだけ
そのキャラクターの設定に近づいたネーミングができるかがセンスの見せ所です。
歴史上の人物にあやかった、義経はどうでしょう??
まずは遮那王時代の「鞍馬八流」。
これは剣術の流派のひとつです。京八流などと呼ばれております。
鞍馬に預けられた遮那王が鬼一法眼という陰陽師から武芸を学んだエピソードは前回触れましたが、
この鬼一法眼は剣術の使い手で、
鞍馬の僧8人に剣術を教たことによってこの称がつけられたと言われております。
そしてみちプロ遮那王の「鞍馬八流」は最高位のフィニッシュ技。
うーん、史実に忠実!細部に神が宿ります!
そして「五条大橋」。言わずと知れた義経、弁慶出会いの場所でございますね。
現在の五条大橋はロマンもへったくれもございませんが(失礼)。
ロープを橋の欄干と見立てると…ほら、浮かんできませんか?二人の出会いのシーンが…
技もロープの上を側転し相手の技を避けるムーブ。
あの義経も同じように弁慶の技を回避したかも…。
741
「なすのよいち」と読みます。
那須与一、義経の郎党の一人です。
屋島の戦いでは海上の平氏方が用意した扇を浜辺から見事射落とした弓の名手です。
これをはずしていたら、源軍の士気は急降下、
ひょっとしたら平氏に負けてたかもしれません。
741は619を発展させたもの。くるりと回るモーションは弓のしなり、
またはスピーディな矢の動きを彷彿とさせます。
衣川
これは…義経ファンにとっては涙なくては語れぬ場所でございます。
源頼朝に追われた義経が落ち延びた奥州平泉、衣川館。
ここで追い詰められた義経は自刃して果てたのでございます。
衣川館の場所は諸説ありますが、
義経堂が建てられている場所が従来より衣川館跡と言われており、
今でも訪れる人は後を絶ちません。
ちなみにここに立ち寄った松雄芭蕉があの有名な
「夏草や兵どもが夢の跡」の句を詠んだのでございます。
衣川は対獣神サンダー・ライガー戦のフィニッシュ技でございました。
まさに「兵どもが夢の跡」でございます。
こうして技の名前をみていくと、レスラー自身の義経に対する愛がひしひしと伝わってきます。
その愛は技や受身、リング上の全ての動きに繋がっていると思うのです。
ネーミングありきで出来た技ではなく、義経だからこの動きで、
この名前なんだと、思わざるを得ないのでございます。
今後も義経にちなんだ新技を期待しています!
例えば…
バックドロップでリングに相手を叩きつけて「腰越状」とか?
うーん、センスないな、撃沈…

山口敏太郎事務所 三瓶千詠(みかめゆきよみ)