2025・3・20、DDTプロレスリング後楽園ホール大会で行われたKO-D無差別級王座戦『クリス・ブルックスvs.高梨将弘』において、試合中に雪崩式プレイングマンティスボムを受けた高梨が負傷。「頚椎C5,6椎体骨折」及び「頚髄損傷」の大怪我を負った。「今のプロレスは危険だ」という切り抜き動画による批判や、三沢光晴や高山善廣の事故からプロレス界に反省が無いという意見も飛んだものの、それらの批判は今のプロレス界が行っている取り組みを認識した上で出されているのだろうか?
試合中の事故に関する問題に対して、今のプロレス界は指をくわえて放置し、「プロレスは危険である」という共通理解に胡坐をかいてきた訳では決してない。今の取り組みさえ無視される、アップデート出来ていない情報源の批判と御気持ち表明が跋扈し続ける限り、プロレス界にとって本当の意味で未来は訪れないだろう。
▼いつまでもアップデートされぬ”プロレス危険技批判”に物申す
photo & text by 鈴木太郎
・当該選手救うHARASHIMAの行動療法
・過去情報&偏見がプロレス界取り組み否定する事実
・【タフマンコンテスト<技の高度化&キャラクター】
・今は、試合の激しさをウリにして客が来る時代ではない
・一向にアップデートされない批判意見の情報
・「受けの良い選手でも大怪我を負う」プロレスの怖さ
・プロレスというジャンル自体が安全ではない
・試合後のDDTの対応に瑕疵は無し
・医療チーム命救った2023年原田大輔引退
・原田&ノアの勇気ある決断が評価されないやるせなさ
・過去の情報で述べられる批判意見が一番”危険”
・GHC女子戦天麗皇希-後藤智香~選手安全優先する頼もしいレフェリー
・異変を察して試合を止められるのはレフェリーだけ
・『クリスvs.高梨』で介在できたのは事後対応のみ
・団体&選手公言しにくい「危険技やらない」
・過密日程防ぐ取り組み
・対策難しいフリーランスの予防策
・「危険技やらない」と公言せずとも・・・
・『杉浦貴vs.大谷晋二郎』より危険だった女子プロマッチ
・でんぐり返し出来ないベテラン女子選手
・怪我をしたか否かで反応変わる現実
・現状の批判意見はネガティブキャンペーンでしかない
・本気で危険を失くす為に求められる抜本的改革案
・受け身の取れないベテランを排除する勇気があるか?
2025・3・20、DDTプロレスリング後楽園ホール大会で行われたKO-D無差別級王座戦『クリス・ブルックスvs.高梨将弘』の一戦は、クリスがタッグチーム『CDK』の同門対決を制し王座防衛を果たした。しかし、試合のフィニッシュとなったクリスの雪崩式プレイングマンティスボムを受けた高梨は、試合後も起き上がることが出来ず救急搬送される事態となった。診断の結果、「頚椎C5,6椎体骨折」及び「頚髄損傷」と判明し、この記事を執筆している時点では手術も成功したとDDTより発表されている。一刻も早い高梨の回復を祈るより他ない。
しかし、時は選手達を待ってはくれない。クリス・ブルックスは、後楽園ホールのビッグマッチから僅か2日後の2025・3・22に自身が出演するイベントに予定通り参加すると、翌日にはDDT大阪大会のメインイベント『クリス・ブルックス&正田壮史vs.高鹿佑也&HARASHIMA』で次期挑戦者の高鹿佑也とKO-D無差別級王座前哨戦を闘った。
この前哨戦では、悩めるクリスにHARASHIMAが強烈な張り手を見舞って「チャンピオンだろ?来いよ!」と一喝する場面があったのだが、最後はクリスも迷いを振り切るようにHARASHIMAにプレイングマンティスボムを決め、王座戦の前哨戦を制した。
かつて、2022年6月に『サイバーファイトフェスティバル2022』で組まれたプロレスリング・ノアとの対抗戦で、当時KO-D無差別級王座を保持していた遠藤哲哉が中嶋勝彦の張り手を受け、開始早々にノックアウト負けを喫する事件があった。タイトルマッチではなかったものの、脳震盪の診断を受けた遠藤はこの責任を取るようにして王座返上を表明。翌7月にDDT後楽園ホール大会で復帰したのだが、タッグマッチで遠藤の対角に立っていたHARASHIMAは、遠藤が張り手を受けた箇所と同じ左頬を平手で張ったのである。当時、このKO劇に対して中嶋へのリベンジの意思を表明していたのはDDTにレギュラー参戦中だった青木真也しかおらず、DDTも所属選手も本件に対して腫れ物に触るような扱いをしたことから異様な空気が生まれていた。しかし、HARASHIMAはそんな状況でも、試合を通じて遠藤にメッセージを送ったのである。
遠藤の件も、今回のクリスの件も、HARASHIMAが取った行動は決して負傷を美談にするものではない。これはいわば、当該選手が負った傷に敢えて触れたことで、当人が立ち上がるキッカケを作るHARASHIMAなりの行動療法だったのではないだろうか?
世代交代が進みつつあるDDTにおいて、今もなおHARASHIMAが【DDTのエース】と称される理由は、このような振る舞いが試合中に出来る強さと優しさがあるからなのだろう。
過去情報&偏見がプロレス界取り組み否定する事実
プロレスの試合で後遺症や命にかかわる大怪我が起こる度に、2009年に三沢光晴が試合中の事故で死亡した事例や、2016年の高山善廣や2022年の大谷晋二郎が負傷により首から下が不随となった事故、かつての全日本プロレスで行われた『四天王プロレス』を例に挙げて、「今のプロレスは危険だ」と声高に叫ぶ意見が必ずと言って良いほど現れる。怪我を理由に引退した選手のニュースが報じられた際にも、「今のプロレスには、そうした過去の大怪我に対する反省が活かされていないのだ」という意見も結構な頻度で耳にする。
だが、筆者はそうした批判や指摘が噴出する度に疑問を禁じ得ない。何故ならば、今のプロレス界はそうしたリング禍を防ぐために「過密日程を防ぐ」、「負傷や体調不良なら、大事をとって無理せず休ませる」、「定期的に選手を検査する」という対策が、大手団体を中心にして常日頃より行われているからだ。こうした対策は、プロレス業界全体で指針が設けられているものではなく、各団体の対応に委ねられているのが実情ではあるが、プロレス業界は「プロレスには怪我が付き物」という言葉に甘えることもなかったし、ただ単に怪我のリスクを放置してきた訳でもない。過去の事例を受けて、対策はしっかり成されてきたと思う。
では、何故対策が取られているにもかかわらず事故は起こるのか。それは、「プロレスというジャンルそのものが、そもそも安全ではないからだ」と筆者は考えている。技が高度化していることから、怪我するかしないかは紙一重という状況もあれども、事前に防げる箇所については予防策が講じられてきた。
プロレスにおいて負傷や事故が起こる度に三沢の件や四天王プロレスを持ち出して批判する者が現れるが、今のプロレス界が策を講じていることを把握した上で、その批判を述べている者は果たしてどれだけいるのだろうか? 恐らく、筆者の体感で1割にも満たないだろう。そう言いきれるのは、技が高度になっていったとしても、『四天王プロレス』のような最上級フィニッシュホールドを何度も何度も重ねて乱発するような展開は、今のプロレスで中々見かけないからだ。
筆者はリアルタイムで『四天王プロレス』を見てきた世代ではないのだが、映像を見返すと、今のプロレスには無い激しさと、技に技を重ねた熱量を感じることが出来る。そのような激しさは、今のプロレスの試合では中々見ることが出来ないのも事実だ。しかし、それは裏を返せば「このような攻防を繰り返していけば、選手の身体に相当な負担がかかる」ことが明らかな訳で、そのようなタフマンコンテストに身を投じる傾向を避けていき、技の高度化や選手個人のキャラクターなど、別の要素を加えながら徐々に軟着陸していったのが今のプロレスではないだろうか?実際、『四天王プロレス』の源流となった全日本プロレスやプロレスリング・ノアでは、苛烈な試合内容に訴えかけなくても、今現在の後楽園ホールを満員にしつつあるではないか。
試合中の選手に事故が起こると、中には「激しい試合を求めてきたファンにも責任がある」などという頓珍漢な批判も見受けられるのだが、大体、今は試合の激しさをウリにしたからといって観客が会場に集まるような時代ではない。そのような指摘は、『四天王プロレス』で起きていた当時の風潮を無理矢理今の事象に当てはめただけの、単なる時代錯誤ではないのか。こうした事故の度に、今のプロレスを見ていないにもかかわらず、一向にアップデート出来ていない手持ちの情報と個人的偏見にまみれた御気持ち表明が罷り通り、最終的にプロレス界が取り組んできた事は捻じ曲げられてしまう。実にやるせない話だ。
「受けの良い選手でも大怪我を負う」プロレスの怖さ
今回負傷した高梨将弘は、東南アジアを中心に海外マットでの試合経験も豊富で、酒をこよなく愛する選手とはいえ、腹筋は影が出るほど割れており、コンディションも良く鍛えられている。相手の攻撃を受ける展開は多いものの、今回の負傷のキッカケになったフィニッシュシーンも頭から突き刺さっているようには見えない。だから、「あれだけ受けが良い選手であっても、大怪我を負う」怖さがプロレスには横たわっていることを、筆者は改めて痛感した。そして、その怪我のリスクは、プロレスをしている以上、完全には排除しきれないものである。
筆者が配信で試合を見た限りでは、試合後のDDTプロレスリングの対応に瑕疵は無かったと思われる。救急隊の搬送に備えてリングのロープはすぐさま緩められ、救急隊が首を固定するストレッチャーで搬送するまでの間、高梨を動かすことなく寝かせて待機させた。井上マイクリングアナウンサーも、会場にいた観客達に向けて、外に出ず待機するよう場内アナウンスを行う様子が配信でもしっかり聞き取れた。救急隊が高梨を搬送する為の動線を確保するためだ。クリス・ブルックスがKO-D無差別級王座戦の次期挑戦者である高鹿佑也を迎え撃つフェイスオフも、リング上ではなくリング下で行われた。恐らく高梨が横たわるリング上だと歩く度に振動が起きるため、その可能性を排した行動だと思われる。
高梨がマイクを握って話した場面も、選手がパフォーマンスの一環として振ったものではなく、高梨自身の希望で行われた。実際、高梨の要望が松井幸則レフェリーを介してクリスに伝えられた上で、マイクは高梨に手渡されている。WRESTLE UNIVERSEでの配信も、途中からリング上の様子を固定カメラから引きのアングルで撮り、途中からリングを映さない状態に切り替えられた。放送席にいた実況の村田晴郎アナウンサーや、解説席にいた小佐野景浩と男色ディーノも「プロレスをしている以上、怪我は起こる」ことを強調していた。
高梨が救急隊によりストレッチャーで搬送された際、高梨は手を挙げて会場の声援と拍手に応えたとのことだが、この時の様子を会場で待機していた観客達が写真を撮って投稿する様子も、筆者が確認できた限り皆無だった。その様子を写真で配信したのは報道関係者だけであり、ファンは高梨を見守ったのだ。これらのことから、DDTの関係者や現地にいた観客達の対応は非常に素晴らしかったといえよう。後述するが、こうしたモラルやリテラシーが欠けてしまうと、結果的に危険性を主張するばかりで、優先されるべき当該選手の安否そのものが無視されるような、とんでもない主義主張が生まれてしまうのだ。
医療チーム命救った2023年原田大輔引退
前述の通り、怪我に対する対策は今のプロレス業界でも進んでいる。2009年に団体の創始者である三沢光晴を試合中のリング禍で亡くしたプロレスリング・ノアも、今では医療チームの判断が優先される体制と環境が整備されている。負傷欠場中の選手は、医療チームのゴーサインが出ない限り試合には復帰できず、例え選手が試合に出られると申し出ても、医療チームの判断が優先されるのだ。
その一例が、2023年3月に現役を引退した原田大輔である。