[週刊ファイト1月23日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼ガマ・オテナにウラウナ火山、プロレススーパースター列伝の真実!
by 安威川敏樹
・まったくガマ・オテナ先生は達人! いたれりつくせりの教えだぜ!
・オーッ、虎の穴!! メキシコにも“虎の穴”というべき機関があります!!
・このニセ王者めッ、いいかげんに消え失せやがれえ!!
・それとも、カール・ゴッチは超大物ではないかな?
読者の皆様、明けましておめでとうございます。本年も週刊ファイトのご愛読をどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、筆者は昨年12月初めに続き、新年早々またインフルエンザ(正月で病院が開いていなかったため不明だが、コロナの可能性もあり)に罹患してしまいました。読者の皆様も、どうぞ体にはお気を付けください。
ただ、そのおかげというか、読書する時間ができた。正月に読んだ本は、昨年末に発売された『プロレススーパースター列伝秘話』(文藝春秋)である。このタイトルを見れば、読まざるを得ない。
まったくガマ・オテナ先生は達人! いたれりつくせりの教えだぜ!
プロレス漫画の金字塔『プロレススーパースター列伝』。筆者の愛読書であり、実際に本誌でも何度か取り上げている。
『列伝』が『週刊少年サンデー』(小学館)に連載されたのが1980~83年。プロレス黄金時代の真っ只中だ。おそらく当時のプロレス・ファンは、誰もが『列伝』を読んでいたのではないか。
『列伝』を知らない読者のために説明しておくと、実在のプロレスラーの半生を描いたノンフィクション漫画だ。シリーズ毎に主人公となるプロレスラーが決まっており、登場するのは以下の通り(連載順)。
①ザ・ファンクス(ドリー・ファンクJr.&テリー・ファンク)
②スタン・ハンセン
③アブドーラ・ザ・ブッチャー
④アンドレ・ザ・ジャイアント
⑤ミル・マスカラス
⑥タイガー・ジェット・シン
⑦ジャイアント馬場&アントニオ猪木
⑧カール・ゴッチ
⑨リック・フレアー
⑩タイガーマスク(初代)
⑪ハルク・ホーガン
⑫ブルーザー・ブロディ
⑬ザ・グレート・カブキ
ただ、ノンフィクションと言っても、本当の話かどうか疑わしいのがミソで、後から思えば怪しさ爆発だった。それでも当時のプロレス少年たちは、ほとんどが真実だと思っていたのである。
この頃の『サンデー』は絶好調で、何しろアニメにもなって高視聴率を稼いでた『タッチ』(あだち充:著)と『うる星やつら』(高橋留美子:著)が不動のツー・トップ。そして同書によると、人気投票で3位だったのが『列伝』だったらしい。
『タッチ』と『うる星やつら』は大流行していたラブコメで、要するにあらゆる少年少女が読んでいた漫画だ。それに対し『列伝』は女っ気ゼロの男臭い世界で、それだけで女性読者は敬遠していただろう。そんな中での3位は快挙と言っていい。
逆に言えば、それだけ当時のプロレス人気が凄かったということだ。人口の半分しかいない男性読者しかいなかったのに、3位に食い込んでいたのだから。
そりゃ、当時だって少数のプ女子読者はいただろうが、彼女らですら、
「はずかしがる女の子のパンティーをぬがすみたいで、おもちろ~い」
とアブドーラ・ザ・ブッチャーがニヤニヤしながら言うセリフのセンスには辟易しただろう。
前置きが長くなったが、今回ご紹介する『プロレススーパースター列伝秘話』の著者は『列伝』の作画を担当していた原田久仁信氏だ。そして『列伝』の原作者は、言わずと知れた故・梶原一騎氏である。
同書では冒頭でいきなり、梶原氏による自筆の第1回『列伝』の原稿用紙が紹介されていた。それにしても、聞きしに勝る悪筆だ。原田氏はもちろん、梶原氏とコンビを組んだ漫画家は、こんな字をよく読めたものだと感心してしまう。著名な作家ほど悪筆というが、梶原氏も例外ではない。どうでもいい話だが、筆者も字はヘタだ。だから何だって?
プロローグでは『ガマ・オテナ』だの『ウラウナ火山』だのと『列伝』の愛読者なら誰でも、その固有名詞を見るだけで涙が出そうになる文字が出て来る。
ちなみに、ガマ・オテナというのはシンガポールに住むカンフーの達人で、現地では3歳の子供でも知っているというブッチャーの師匠だ。ウラウナ火山は、ミル・マスカラスが人気を妬まれバトル・ロイヤルでリンチに遭って脚を骨折した際に、その頂上近くに湧いている鉱泉で骨折を治したというメキシコの火山。さて、それらは実在するのか?
同書では『列伝』に書かれているエピソードの真相はもちろん、梶原氏との関わり合い及びその実像、そして梶原氏の原稿を漫画に描いていく苦労などが書かれている。
本稿では、ネタバレにならない程度にそれらを紹介したい。
▼ミル・マスカラスは、ウラウナ火山の頂上近くに湧いている鉱泉で骨折を治した?
オーッ、虎の穴!! メキシコにも“虎の穴”というべき機関があります!!
同書によると、梶原氏の原稿が届くまで、どんな話になるのか原田氏には一切判らなかったのだそうだ。したがって、第1回連載の原稿を読んで、初めて最初の主人公がザ・ファンクスだと知ったそうである。
これは、既に巨匠となっていた梶原氏と、新人漫画家に過ぎなかった原田氏だったからかも知れない。たとえば、同じ梶原作品の『あしたのジョー』の場合は(クレジットは高森朝雄)、作画担当のちばてつや氏とは綿密な打ち合わせを行い、2人で主人公である矢吹丈のキャラクターを作り上げていった。これは、ちば氏が梶原氏に劣らない巨匠だったからとも言えるが、『列伝』の場合は単にノンフィクション(一応)なので、その必要はなかったという可能性もある。
原作者付きだと、漫画家はストーリーを考えずに済むので楽だろうと思ってしまうのだが、それはそれで大変らしい。たとえばタイガーマスク編で、梶原作品の漫画・アニメ『タイガーマスク』(作画:辻なおき)に悪役養成機関の『虎の穴』が登場するが、メキシコにも『虎の穴(タイガー・ホール)』というべきレスラー養成機関が実在するというのだ。
しかし、実在する(はずの)『虎の穴』を、どうやって描く? そんな資料があるわけがないので、想像で描くしかない。『列伝』愛読者として言わせていただければ、漫画では見事な『虎の穴』が描かれていた。もっとも、こんな養成機関が実在していれば、間違いなく人権蹂躙で閉鎖されていただろうが。
▼初代タイガーマスクはメキシコ時代、漫画と同じく“虎の穴”で地獄の特訓を受けた?
それに、原稿が届くまで次の話を描くことができない。週刊誌の場合、単純に言うと漫画を描く期間は7日間あるのだが、梶原氏の原稿は3日後にしか上がって来ないので、実質4日で漫画を描き上げる必要があるのだ。それでも梶原作品の中で『列伝』は原稿の完成が早い方だったらしい。つまり、作品によっては3日以内で漫画を描いていた漫画家もいたということだ。
とはいえ、原田氏の場合は4日間しか漫画を描けなかったということは、3日間は休みだったということ。また、ルーティンに慣れてくると、梶原氏の原稿を読むのが楽しみになっていたという。何しろ『列伝』の物語を世界で最初に読めるのは、他ならぬ原田氏だったのだ。
ただ、最終回の原稿を読んで初めて最終回と判るような状況だったので、前話までに終わりの伏線を張るということはできずに苦労したという。各編のみならず『列伝』そのものの最終回となったザ・グレート・カブキ編も、唐突に終わったような印象だった。
筆者の高校時代、国語の先生が突然この『列伝』最終回の話を始めたことがある。男の先生だったが、メガネをかけた気弱そうな先生で、プロレスとは無縁のイメージだったため、『列伝』の愛読者と知って驚いたものだ。
カブキ編の最終回後、次のジャンボ鶴田編の初回分原稿は原田氏の元に届いていたらしい。だが、ご存知のように梶原氏の逮捕により、ジャンボ編はお蔵入りになった。
もし梶原氏の逮捕がなければ、ジャンボ編がどんな展開になっていたか、誰もが知りたいところだろう。