拝啓、親愛なる弟子へ
―第3代ZSTフェザー級王者、加藤惇のその後―
(キングダム入江代表の一番弟子、加藤惇。無敗のままZSTフェザー級王者まで上り詰めた)
俺は海が大好きだ。
これは俺の生まれ故郷、長崎は対馬の海に囲まれた環境も強く影響していることもあるだろう。そして、俺の大好きなその海の近くに住む男。キングダムエルガイツ所属、第3代ZSTフェザー級王者 加藤惇。
ZSTとは、修斗、DEEP、パンクラスなどと横並びで称されていた格闘技団体で、当団体キングダムエルガイツの始祖であるUWFの代表選手であった前田日明(あきら)氏ともゆかりの深い団体である。
ZST四天王(矢野卓巳、小谷直之、今成正和、所英男)などを含め、幾他の名選手を輩出し、確実に格闘技シーンに大きな爪痕を残してきた団体だが、2021年4月20日の『ZST70』を持って今のところ活動休止状態が続いている。再開を待ちどおしく思っている選手・関係者、何よりファンも多くいるだろう。まあ、俺、個人的にはZSTのテーマ曲が壺にはまっているのだが。
そして格闘技団体、我がキングダムエルガイツが誇る4人のベルトホルダーの一人、
それが加藤惇なのである。
(愛弟子のパンチを久しぶりに受ける入江)
団体名キングダムエルガイツであるのだが、名称を名乗ることができる選手は数名である。
最近では中心の練習拠点こそ移してはいるが、現在、プロ修斗ストロー級世界ランキング1位となった新井丈(ジョウ)が、キングダム立川コロッセオからキングダムエルガイツを名乗りランカーに完勝したことは記憶に新しい。
(現在はキングダムと和術慧舟會HEARTのW所属の新井。加藤惇の後輩にあたる。)
キングダムエルガイツの所属名称を名乗れるのは、他団体で王者となるかそれに準ずる実績を上げたもののみ。これはMMA団体として、総合格闘技の開祖修斗、秒殺という俗語でムーブメントを起こしたパンクラスに次ぐ三番目の歴史から来るものであろう。現在メジャー団体RIZINのマッチアップのほぼ中核を担う、DEEPの旗揚げが2001年。キングダムエルガイツ旗揚げが1999年6月17日なので、なんとそれより先の旗揚げ。このこだわりには、そんな最末端ではあるが“U”の直系団体の小さな意地から来るものなのか。ちなみの新井の名前、丈という名付け親は俺で、本名を聞きたい人は本人まで。
(今やプロ修斗ストロー級世界ランキング1位の新井。今後の飛躍が期待できる23歳。中央はK-1無差別級T出場のANIMAL☆KOJI)
元来、ベルトを巻く選手は総合格闘技を始める前に何かしらの格闘技のバックボーンを持つ選手が多いのだが、加藤惇は違った。デビューしたての頃はキャッチコピー“最強のシロウト”の名の通り、何も経験値がないところから王者まで無敗で登り詰めた。ベルトを巻いてからは、メジャー団体『DREAM』出場経験のある元ZSTバンタム級王者、藤原敬典をZSTで破り、昨年6月のRIZIN東京ドーム大会でのメインイベンター、渡部修斗と判定なしのZSTルールで引き分けたが、その腕を破壊。同じくRIZINで勝利した魚井フルスイングに修斗のリングで大逆転KO負けさえしなければ、確実にこいつの時代はきていた。ボクシングではあるが、格闘技の2階級王者に大手をかけたのは彼しか知らない。
まあ、堅苦し格闘ウンチクは後にして奴を待つとするか。
そして京急金沢八景で降り立つと、約2年ぶりに合う、その男が現れた。
ただ、隣には小さな加藤惇似の男の子が並ぶ。
この子の名は響(ひびき)
キングダムエルガイツの本当に、本当に核(コア)なファンなら分かるかもしれないが
団体20周年記念大会、北沢タウンホールのリング上でかろうじて勝利した加藤惇に抱えられた赤ん坊である。ただ、加藤はあの頃と違い立派なパパとしての風格を持ち合せていた。
モノレールで八景島にあるシーパラダイスまで移動し、久しぶりに奴のミットを持つと、あの懐かしい感触が蘇ってくる。偶然通りかかった写真撮影をお願いしたカップルの女性の方が、本日誕生日だということなどで少し盛り上がった勢いで、加藤惇が元チャンピオンだということも話した。もちろん本誌、週刊ファイトの宣伝もしておいた。
「惇、飲むか・・・」
「飲みましょう!!」
そうなのである。
この弟子との不肖コンビが固い絆で結ばれているキーワードの一つ。
それは、酒。
二人とも、大の酒好き。
だけど、そんな俺も彼もクレバー。
馬鹿のフリしているだけのクレージー・クレバー。
加藤惇は今は電気工事をしながら、資格所得を目指す。
話はやや逸れるが、いかんせん、格闘家は馬鹿が多い。
馬鹿というのは、けっして学業レベルのうんぬんではないことも付け加えるとして、
先を見る頭、いわゆる先見の明というものであろうか?
格闘競技者は、実力が上がり知名度を得ると勘違いする人間が多い。
ベルトでも持とうなら言わずともしかり。
あっちの水は甘いのことわざ通りに踊らされ、移籍、フリーランス、契約反故などetc.・・
本当に義理もへったくれもないという言葉に頷く関係者もかなりいると思う。
(キングダム入江代表は、モラルのない競技者が多い事に嘆く)
実際はただのプレイヤーなのにな~
と、世界最高峰団体UFCを三度制した殿堂入り王者に一本勝ちした俺は呟きます。
あの青木真也選手も発言していたが、一般社会で強いとか業界で有名だとか何にも役に立たないのである。
加藤惇もご多分にもれず、甘い言葉を投げかけられたらしいのだが彼は残った。
そして王者となった。それが現実。ただ、それだけ。
誤解ないように補足するが過去に当団体に所属していた今成正和は、ちゃんと筋を通して退団したし、新井丈も同様だったからW所属の件も許可した。
因果応報。その言葉が嵌るぐらいウチから不義理をした人間は業界からいつのまにかいなくなったし、故障など繰り返したりして活躍出来ずにいる。
コロナ不況、スポーツジム不況の昨今。
現実に生きる、本物だけが生き残る時代。
当方裏切られ続け、その度に苦悩し、だけど一切の言い訳をせず何度も何度もあきらめず這い上がってきたお陰で、申し訳ないが、すでに一生安泰であろう成功と、小金もすでに持ち合わせている。むしろ、よくぞ裏切った!と少し感謝して到りもする。前出の某有名選手も、好きな格闘家の一人としては俺の名前を上げたと言う。わざと馬鹿なフリしてきたんだけどな・・・・
今の節目はやはりコロナ渦の中で、いかにこのご時世と戦っていけばいいかであろうか?緊急事態宣言こそ出ないけど、今や羅患者は一時的に過去最高に達し、東京都では都民80人に一人以上が陽性という高い割合となっている。
ありがたい事に、弊社ジムでは高性能の換気機能付きエアコンをネットワーク全支部に完備し、徹底的な消毒・検温・清掃に従事しているからなのか、今のところ一人の感染者も出していない。親交深いジムの中では既に2回のクラスターを出し、休業に追い込まれているジムもあると聞く。ある意味、運がいいのかどうなのか?
我がキングダムネットワークジムは2月11日から始まった3連休明け、バレンタインからのこの期間が一番の危険ウィークと睨み、緊急閉館に踏み切った。
もちろん、ジム運営的には大打撃となるのも承知である。
しかしながら、一応ネットワークの頭を張らして頂いている立場としては、何より優先されるのは会員の安全である。
そんな談笑しながらも、俺たちの時間は緩やかに流れ、そして日が暮れた。
加藤惇にバス停まで見送られ、俺達はなごりを惜しむようにバスが来る直前まで、コンビニで買った酒を酌み交わした。かなり待ったのち、現実経由、本物行きのバスが俺達の前に止まった。俺は言った。
(現役を離れていても、律儀にキングダムのスポンサーSAPPOROで晩酌)
「やれるだけやって、悩んで、どうしようもなくなったら、駄目ならいつでも戻ってこい!」
バスの扉が閉じると俺は彼に背を向け、前をしっかりと眺めた。
そして、ぶつかろうとしていた節目すら何だったかをきれいに忘れていた。
“俺には、目指すところも、そして沢山の仲間達がいる”
なんて素敵な事だろう。
風のように、風のように・・・・
俺は、なにか風に押された気がしていた。
そう、負けっぱなしぐらいじゃ、終われない。
超人☆イリエマン