「モンスターになれ」トレーナー山本小鉄さんの教え胸に~リンソ藤永11年目の8月28日


 神戸元町高架下にあるプロレスカフェバー「RINGSOUL」店内の一角に、山本小鉄さんの写真と竹刀が飾ってある。
 店主でありKOBEメリケンプロレス主宰でもある藤永幸司(50)が、山本小鉄さんに弟子入りしてプロレスラーデビューを目指すことになったのは2007年のことだった。
 2007年3月~2008年2月まで藤永は東京・新宿FACEを主戦場に、ファンとプロレスラーの夢を叶える!をコンセプトに掲げ毎月一回のペースでプロレス興行を開催していた。
 この興行のなかで、プロレスラーを目指す若者のデビューを支援しようというイベント企画に参加してくれた講師が山本小鉄さんだった。
 イベントでは結局デビューにこぎつける選手が現れなかったのだが、そこで小鉄さんが藤永に白羽の矢をあてることとなった。
 「藤永、お前プロレスラーになりたかったんだろう?なら、なれよ」
 2008年、藤永はカスイチプロレス東京最後の興行で、TARUを相手にプロレスラーデビューを果たし、自らが掲げたコンセプト「夢を叶える」を体現、プロレスラーになるという26年越しの夢を叶えることとなった。

 今回大恩人である小鉄さんの思い出を藤永に聞いた。

 藤永「山本小鉄さんが亡くなられて11年が経ちます。
 小鉄さんとの思い出は、とにかく練習が厳しく、小鉄さんが竹刀を持って見守る中、スクワットを4時間やったときは3日ぐらいま ともに歩けなくなりました。
 そんな小鉄さんですが練習が終わるとすごく優しく、よく居酒屋さんへ連れて行ってくれました。
 小鉄さんはビールが大好きで1時間ほどでジョッキ10杯くらい飲んでました。
 酔うと「プロレスラーは普通じゃダメ」と、仰っていました。
 それは酒も練習も同じで、モンスターになれと。
 今プロレス界はアスリート型が主流ですが、私は小鉄さんの教え通りモンスターになりたいと思います。
 これからも見守っていて下さい、小鉄さん!」
 
 小鉄さんの口癖は「練習しなさい。」だったそうだ。
 プロレス入門テストでは小鉄さんに「藤永、君はいくら頑張っても無理だと思う。しかし、君の心を買ったよ!だから合格!」
と言われたそうだ。
 「君の心を買った」それは多くの練習生を見てきて、わけても人を見る目の鋭かったであろう小鉄さんが、その眼光で藤永の人柄を見抜き背中を押した、含蓄のある深い深い言葉だ。
 あるいは小鉄さんは、彼の人柄がプロレスの窮地を救うときが来ると、読んでいたのかもしれない。

 小鉄さんが亡くなられてから11年目の8月28日が訪れ、世の中はコロナコロナで混沌としてようとして未来が見えない。
 そうした中で藤永は諦めることなく生まれ育った神戸の街で店を開けプロレス興行の開催に向けて奔走を続けてきた。
 
 8月27日、藤永は自らが主宰するKOBEメリケンプロレスの9月に決まっていたメリケンパークプロレスフェス中止を決め、SNS公式アカウントで発表した。


 本来ならば5月開催が、兵庫県の緊急事態宣言発令に伴い延期、いままた開催中止決断、断腸の思いだったに違いない。
 政府の要請に強制権がない現状において、イベント開催の是非は主催の判断にゆだねられている。
 オリンピック、パラリンピックは予定通り開催された。
 東京の感染者数爆発はオリンピック開催の余波とも言われるが実際のところはどうか。
 東京の国立劇場の歌舞伎公演では幕があいてほどなく歌舞伎役者2人の感染が発表されしかも役者が観客席にはいったということで警戒がされていたが後日観客からも感染者が出た。
 調べたところチケットは席を開けずに販売しており普通に密な状態で観賞していた、芝居中雑談する観客を注意するでもなかったなど、ずさんな話に耳を疑ってしまった。
 それに引き換えプロレスは、随分真剣に対処してきたと思う。
 座席は必ずひとつずつ開けて、スペースも広く取り、赤字を覚悟で当日券も立ち見もさせないできた。会場内での飲食も禁じて、声援も紙テープも禁止。
 世間の冷たい風潮にも屈することなくなんとか興行を続けてこれたのは、プロレスファンが主催の指示に忠実に従って応援を続けてくれたからに他ならない。
 それほどまでに心を配って誠実に興行を打ってきたにも関わらず、ここへきて会場側がプロレスに対して難色を示すように。
 どんなに手を尽くしてもかかってしまうと言われる感染力の強いデルタ株の猛威の影響はもちろんある。
 今回藤永がメリケンパークの開催を断念せざるを得なくなったのは、携わる選手スタッフ関係者観客の羅感の危険を思いやってのことと推察する。

 山本小鉄さんをして、その心に免じてプロレスラーとしてデビューすることを許された男はやはり、自分よりなにより人を思う男なのだ。
 地元の人にお願いしたい。
 可能な限り彼の店RINGSOULに足を運んで名物リンソステーキを味わいに行っていただけないか。
 そして、こんな厳しい時世でも夢を決して諦めず、いまなおモンスターになる夢を諦めない男の、トレーナーだった小鉄さんの思い出話に耳を傾けて欲しい。