[ファイトクラブ]秘蔵写真で綴る浪速のアントニオ猪木part2(1970年1・5 ボボ・ブラジル)

トップ画像:1970年新春チャンピオン・シリーズのポスター

[週刊ファイト2月04日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼秘蔵写真で綴る浪速のアントニオ猪木part2(1970年1・5 ボボ・ブラジル)
 by 藤井敏之
・“黒い魔神“ ボボ・ブラジルの来日と今や敵無しのBI砲
・ご家族の御土産にパンフレットはいかがですか?
・1968年名古屋でG馬場からインター王座奪取したBブラジル
・ブラジルに控室で制裁を受けたハンク・ジェームスの裏話
・チームワークが最高の頃のBI砲
・貴重ポスター:東京でのインタータッグ再戦告知


 1969年末のNWA世界ヘビー級選手権試合ドリー・ファンク・ジュニア対アントニオ猪木の素晴らしい戦いの余韻が残る中で、年が明けた大阪府立体育館決戦も8ヶ月ぶりに4度目の来日となる“黒い魔神“ ボボ・ブラジルの来日と、今や敵無しのBI砲(ジャイアント馬場&アントニオ猪木)のインタータッグ戦の人気で超満員(主催者発表:9300人)の観客で館内は埋まっていた。

観客に配布されたカレンダー


 当時の旧・大阪府立体育会館は入場すると正面玄関で田中護さんが連射砲のように当日のカードのスタンプを押しながら、“ご家族の御土産にパンフレットはいかがですか?”と大声で発しプロレス会場に来た実感を味わせてくれていた。尚、当時は年の節目の興行では御客様プレゼントとしてカレンダーを配布するという心憎いサービスがあった。そして左手通路を行くと食堂があり、たまに関係者の姿も見れる事もあった。通路奥まで行くと右手にファンにとって夢の空間である外人組控室があり、その前でガードマンが開閉式の鉄の扉の警備をしていた風景が懐かしい。

 今回は二階席での観戦であるが、試合が終わるたびに夢空間まで行き選手の入場、退場シーンを見に行くとういう若さゆえのフットワークの軽さでプロレス二度目の生観戦を楽しんでいた。 
 正月興行では当時の四天王であるジャイアント馬場、アントニオ猪木、吉村道明、大木金太郎がガウン姿でリングに上がり、篠原リングアナウンサーが“本年も日本プロレス興行をよろしくお願いします”という前口上があり華やかな正月らしい風景から闘いがスタートしたものだ。

 1968年、ジャイアント馬場を必殺ココ・バットで名古屋の愛知県体育館でマットに沈め、インター・ナショナル選手権者になった実績があるボボ・ブラジルは、今宵は“黒い疫病神”と言われるハンク・ジェ-ムスをタッグパートナーに指名。ボボ・ブラジルのキモ入りであるが、若干27歳と若くキャリアも5年、プロレス入り前はボクシングB級ライセンスを取得までしたが凶暴すぎボクシング界を追放されたというプロフィールに驚きもあり好試合への期待を寄せた。


全身から漂うオーラが凄すぎる   1968年名古屋でインター王座を奪取した

 アントニオ猪木は、昨年のホップから今年はステップへと向かう勝負の年と自らを奮い立たせリングに颯爽と上がる。確かにリング上の黒い魔神から漂うオーラは尋常でない、まさに全米でメインイベンターとして活躍する実力と人気を兼ね備えた超スターの匂いがプンプンとする。ただ相棒のハンク・ジェ―ムスのうつろな目とひ弱な足を見るとなんとなく子供心にも頼りない感じがした。

 1本目はブラジルがアイアン・ヘッドバットを馬場、猪木に仕掛けるが両雄とも両手で防御しブラジルを焦らす作戦に。そして馬場がブラジルに体当たりをさせ水平チョップをのど元に命中させ共にリング下へ、今がチャンスと若獅子アントニオ猪木がジェームスに的を絞り、必殺コブラ・ツイストで締めあげそのままグランド・コブラの体制でピンフォール、わずか3分53秒度という短時間で日本組が1本を先制した。


ブラジルへストンピングを放つ猪木の雄姿      逆エビ固めでジェームスを締めあげる

 2本目開始前、ふがいないジェームスにブラジルがヘッドバットで気合を入れるという珍しい光景も展開された。1本目の勢いで日本組は猪木がブラジルに突撃、ブラジルも相棒の微力を知り自分ひとりでとローンバトルへ、猪木へスリーパー・ホールド、馬場へドロップキックと襲いかかるが決定打とならず。そんな中3人についてゆけないジェームスを馬場と猪木は袋叩き、猪木はエアプレーンスピンで叩きつけ、最後は馬場がニードロップでジェームスを押さえストレートで勝利。
 この頃のBI砲の連携はピカ一で、一番安定していた時期ではないだろうか。


 猪木は飛行機投げでジェームスを振り回す           ジャイアントチョップ炸裂


若獅子アントニオ猪木は黒人レスラーの総帥であるボボ・ブラジルを吹っ飛ばす!

 あっという間に試合が終わり、ちょっと欲求不満の状態で夢の空間へ行くと控室の中から凄い音が聞こえ、マスコミ人が慌てて飛びだしてきた光景を目にする。
 そう、あまりにも気力なきファイトをしたジェームスをブラジルが制裁していたのだ。試合では見られなかったココ・バットが炸裂してジェームスをノックダウン失神させた。怒り狂うブラジルはその場で日本プロレス協会に再戦を要求しパートナーをデール・ルイスに変更し東京での挑戦を決めたが、またしてもBI砲に惨敗、その試合で猪木は予告通りボボ・ブラジルを見事卍固めで破る。

2・2札幌中島スポーツ・センター大会ポスター

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