[ファイトクラブ]浜田文子の思い出~輝く瞳と墨染めの心~

[週刊ファイト5月31日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼ 浜田文子の思い出~輝く瞳と墨染めの心~
 by 立嶋 博
・アルシオンで輝ける新星として売り出していた美女レスラー
・会場に行って知った、新人・浜田文子の真実
・リベンジのチャンス到来!~私にはアルシオンしか見えなかった~
・女子プロレスの番組企画をするチャンス
・寡黙な文子は「正しい日本人レスラー」になろうとしていた?
・厳しい上下関係を伴った縦社会の鉄の掟に従う
・彼女から黙礼を受けるたび、私は思わず、目を伏せた
・2002年になって文子はアルシオンを突然退団、団体は程なくして倒産
・彼女自身が選んだ生き方が、少しずつ彼女を蝕んでいった
・彼女はプロレスを辞めるという~自由の翼を与えてあげたい


 浜田文子と私の初めての接点は、20世紀も終わりに近づいた、ある年の冬であった。

 駆け出しのテレビディレクターであった私は、功を焦り、まるで得手ではないドキュメンタリー番組の企画書を作ることに没頭していた。
 某キー局の看板ニュース番組へのプレゼンを企図して、私は少しでも企画を自分の得意分野に近づけるべく、プロレスを扱うことを思いついた。

 さて、誰に焦点を当てて密着するか……当時の私の答えは一つしかなかった。
 ロッシー小川氏が率いるアルシオンで輝ける新星として売り出していた運動神経抜群の美女レスラー、浜田文子である。

 日系メキシコ人であるという点(もうひとつの母国・日本に夢を求めた若き外国人ということで、インタビューネタが豊富)。

 プロレスラーとしての才能、技のキレ、若さと美貌、プロポーション(つまりテレビ映えがする)。

 団体が売り出しに力を注いでいるようであること(所属団体の特段の支援があれば取材が非常にしやすい)。

 そして何より、あのグラン浜田の実娘であるということ(グラン浜田との共演シーンありなら新日本の黄金期を見てきた世代の局Pへのプレゼンにインパクトが出るし、そもそも日本人は「二世」というものが大好き)が大きかったからである。

 ドキュメンタリーで個人に密着する場合は、その人物のキャラクターが立っていた方がプレゼンの「通り」が良いのだ。

 しかし、私には本当は別の下心があった。
 やや恥ずかしいが、ここで告白する。

 彼女が日本デビューした試合の写真を見て以来、私は彼女に心を奪われていた。他のレスラーとも、父とも、姉のソチとも違う、石英の中から顔をのぞかせた紫水晶のような鋭利なオーラ。
 取材を通して、彼女の肉声が聞いてみたい。考えに触れてみたい。いわゆる「お近づき」になりたい。
 異性を見る下心ではなく、これほど魅力を感じられる人物とどうにか知り合いになっておきたいという強烈な欲求が、本来は芸能番組をやりたい私の心中に鬱積していたのだ。
 ドキュメンタリーの企画を立ち上げなくてはならなくなって、彼女への密着を持ち出したのは、必ずしも苦し紛れではない。私のそんな欲求を大っぴらに実現させるための方便だったのだ。

 制作会社での事前プレゼンでは、今はまだ知名度がなさすぎるということで期待薄と叩かれたが、ともかくも下取材のゴーサインが出た。
 喜び勇んで、私は小川氏に電話でアポを取った。

 会場に行って知った、新人・浜田文子の真実

 企画趣旨を説明すると、小川氏はあまり乗り気ではなかった。

 「わかりました。まあともかく、今度都内で興行がありますから会場に来て判断して下さい。当日、プレスパスを出します。まずは一度、試合を見て下さいよ」

 ひょっとすると、この企画は無理かもしれない。
 背中に一瞬、冷たいものが走った。
 私のクリエイターとしての勘。
 小川氏の口調は冷静であったが、どこか同情的でもあったからだ。

 この手の企画は折々に持ち込まれているけれど、実現したものはほとんどないですよ。女子プロレス番組のプレゼンは通りにくいし、あなたも多分、くたびれもうけで終わりますよ。
 そして察してほしいのですが、私たちはそういうリアルな企画を望んでいません。内情、本音なんか容易には晒しませんよ。

 小川氏の優しい声は、言外にそう言っているように聞こえた。

 翌週、私は指定された会場に行ってアルシオンの試合を見た。
 プレゼン書類の提出期限は目前に迫っていた。
 小川氏はロビーにいて、初対面の私ににこやかに名刺とプレスパスを手渡してくれた。

 企画書をブラッシュアップするため、バックステージ取材にも行ってみたかったが、プレスパスはあっても専門誌や新聞社の記者ではない異端の身、試合後の囲みまでは気が引けてできなかった。
 小屋は七分くらいの入りだったろうか。
 カメラアングルを探るためにハンディカム片手に一人で客席を歩き回りつつ、私は試合に見入る観客の様子を観察した。

 文子が出る試合はセミ前くらいに組まれていたように思う。確かに、若手としては扱いは悪くない。
 そのタッグマッチはとどこおりなく進み、とどこおりなく終わった。
 観客はさほど湧かなかった。技が決まるたびにパラパラと拍手はあったが、歓声を上げる者は少なかった。

 彼女は他のレスラーたちの中に全く埋没していた。
 生まれながらのスターのように専門誌では持ち上げられていても、日本のプロレスのシステムと上下関係の中で、実のところの彼女は興行のほんの一部を担当するだけの、どこにでもいる新人タレントのひとりに過ぎなかった。
 テレビ番組の主役として拾える要素は、残念ながら少しもなかった。

 私は悟った。
 小川氏が電話口で言おうとしていたのは、まさにこのことだった。

 彼女はまだ未熟ですよ。
 私だって売り出しはしたいけど、番組にしてもらうには力不足ですよ。
 そう焦らないで、これからじっくり成長を見てやってください。
 女子プロレスって、あなたが思っているより難しい世界なんですよ。

 私は小川氏への挨拶もそこそこに、逃げるように会場を後にし、最寄り駅に駆け込んだ。ちょうど来た電車は空いていて、座ることができた。
 制作会社に対する企画取り下げの言い訳をどうしたものか。
 これに代わる企画書を今日中に書けるか。
 レールの軋みを椅子に押し付けた背中で感じながら、私は酷く落ち込んでいた。

 小川氏には数日後にお詫びの電話を入れ、私とアルシオン、女子プロレスとの縁は広がらないまま終わった。浜田文子と直接話す機会は、遂になかった。

 リベンジのチャンス到来!~私にはアルシオンしか見えなかった~

 ところが文子との再会は、その数年後、意外な形でやってきた。
 テレビ畑を外れ、少し毛色の変わった映像コンテンツの仕事をしていた私のところに、女子プロレスの番組企画をするチャンスが舞い込んできたのだ。
 勤務していた会社の顧問が女子プロのファンで、レスラーと知り合いたい一心で関連番組を立ち上げようと企み、海外サッカー企画などをやっていた当時の私に、社長経由でディレクションを下達してきたのだった。

 私に否応はなかった。このミーハーな顧問は嫌いだったが、プロレスの番組をやれるチャンスが空から降ってきたのだから、やらないという選択肢はなかった。
 私はちょうど総合格闘技の番組企画を温め始めていた頃であり、血生臭い男子もやるなら、同時に華やかな女子プロレスもやって、編成的なバランスをとるのも悪くないか、と思い、直ちに行動を開始した。

 当時はまだ全女も健在であったし、新興団体もいくつか出てきていた。
 企画は団体側が主体となって制作する形を取り、提供を受けた試合動画を私が番組に仕立てて有料コンテンツとして配信し、収益を折半するという形態だった。

 ものの順序として、私は老舗の全女からプレゼンしていったが、門前払いを喰った(理由は不明。あるいは、既に新たな投資ができない状況だったのかもしれない)。

 例の顧問からは某新興団体(現存せず)の実質的な経営者なる人物を紹介されたが、夜の街で対面した際、この人物にある「危険」性を感じたため、以後は連絡を避けた。この判断は正しかったと今でも思う。

 手順は遠回りしたが、私の腹は実は初めから決まっていた。
そう、仕事するなら、「彼女」がいるあそこだ。
 私の名刺ホルダーの一角には、数年前に会場ロビーでもらったまま、実業に生かされることのなかったその名刺が、心に刺さった棘のようにずっと残されていた。

 「危険」氏に会った翌日、私は久々に五反田のアルシオン事務所に電話を入れ、出向いて企画趣旨を説明した。
 多少なりとも出資が伴うというのに、小川氏は今度は即座にOKした。
 前回の経験を踏まえ、難しいネゴシエーションになることを予期していた私は驚いたが、ともかく急転直下、その日から仕事は始まった。

 私は小川氏の厚意に報いようと、アルシオンの負担を極限まで削減することを決意した。映像編集のみならず画面デザイン、コピーライティング、番組宣伝、更新作業等を一貫して私一人の手で行うことにしたのである。
 経費は当社負担、または私の自腹とした。外注したのは基本プログラミング制作と、当時はまだ目新しい技術だったMPEGエンコーディングのみだった。
 私に社内のアシストは誰もいなかった。とにかく、作業は急がねばならなかった。

 ミーハー顧問にはアルシオン所属選手の写真やデータを色々と見せて、彼が推している新興団体との違いを説明し、番組をアルシオン単独で行うことへの理解を求めた。
 彼は何か言いたそうにしていたが、リングを美しく舞う浜田文子の写真を見せると黙って矛を収めてくれた。彼がその後「危険」氏とどういう話をしたのか、私は知らない。

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